第三章「闇夜の中で」

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 二月二十九日火曜 午後十時〇分



 では、ここからはわたくし暁宮晴貞業茂あかつきのみやはるさだなりしげが語らせていただきましょう。この儚くも美しい青春譚を……



 うん、こんな書き出しがいいだろう。


 森島元紀は創作用の手帳の一番上に「僕ら学校探検隊〜at deep night〜」と殴り書きし、恍惚とした思いに入れびたっていた。

 夜の学校に忍び込むという一大事業を学校に古くから住まう亡霊に語らせるのだ。なかなか乙なものに違いない。今までのどんなジャンルの小説でも見たことがない、相当不可思議なものに仕上がるはずだ。


 そんな妄想に耽っていると、すぐ隣でコンビニから関根ラムジーと稗島五月ひえじまさつきがそれぞれビニール袋を片手に出てきた。

 このコンビニは津江中学校と道路を挟んでほぼ真向かいに位置し、五人の集合場所として決めた地点である。三人は五分程前に集まっていたが、澁谷綾子と本庄悠里の女性陣二人はまだ到着してない。


「何を買ったんだ?」


 元紀は彼女らが来るまでの暇つぶしに尋ねた。


「何かあったら困るやさかい。非常用のものはそれなりに買ったつもりやで」


 ラムジーはビニール袋の口を広げて中にあるものを一つずつ出して見せた。懐中電灯、500ミリリットルペットボトル、菓子類などがそこから出ては戻っていった。

 夜遅くだし、中学生が買い物して不審がられなかったか不安だったが、ラムジーの話によると、アルバイトの外国人は特にそんなことを気にしてる様子はなかったという。


「稗島は何を買ってきたんだ」と話をジェノサイダーに振ると、彼は極秘だと言って中身を明かそうとしなかった。なので、ラムが素早い動作で無理やり彼のビニール袋を覗く。中身を見た彼はわっと声を出した。


「こいつ、爆竹を買っとるわ!」


 ラムジーの言葉にジェノサイダーは観念すると、どしっと中太りの体を地面に落として、ビニール袋を広げた。中にはラムジーの言った通り爆竹と、他にはライターやツールナイフなど、かなり物騒なものが多い。


 何でこんなものを、と元紀が尋ねると、


「ふ、貴様らには分からぬかもしれないが、インターパルスではこれが標準装備なのだよ。今回は対象が明かりや爆音を怖がりそうだと判断したからレッド・ボム(爆竹)を調達したに過ぎない。全く、これでは先が思いやられるな」と得意げに言った。


 インターなんとかに所属しているなら、そこで調達できるのでは、と元紀は思ったが、そう突っ込む前に綾子と悠里が姿を現した。


 二人は津江中テニス部の公式ジャージを身に纏っている。白の生地に黒のラインが水墨画のように引かれた上着と、黒の生地に水色のラインが脇縫い線に沿って引かれたズボンは、お洒落すぎるとナナオ市内で話題になった事は記憶に新しい。しかし、話題になったのはジャージのデザインというよりも、二人の少女がこれを着ていたことが要因に違いない。


「ごめん、待たせちゃったね」綾子は手を合わせながら三人に近づいた。悠里は何も言わずに綾子の後ろをついてくる。


「ええで、ええで。そこまで遅れとらんからセーフやろ」


 ラムジーがそう言った瞬間、三人の背後にあるコンビニの電灯がパッと消えた。別段驚くことではない。この店は午後十時で閉店するのだ。

 ややあって外国人のアルバイトが店の勝手口から出て来た。彼は少し不審な目で元紀らを一瞥すると、シャッターを下ろし、駐車場に停めてあったバイクにまたがって姿を消した。


 いよいよ辺りは暗くなり、明かりと呼べるものは一人寂しく残された電灯だけになった。西の空で柔らかな赤い半月もあるが、沈みかけてるそれに、もはや明かりと呼べる価値はない。まさに状況は元紀とラムジーが放課後予想した通り真っ暗となった。


 ラムジーはポケットからスマホを取り出して時刻を確認する。午後十時二十分。定刻だった。


「ほな、行こうか」


 ラムジーは明るい声音で四人の少年少女に語りかけた。その表情は暗くて判別できないが、笑みは浮かべていないように元紀には見えた。


 四人は静かに頷いた。そして、ラムジーを先頭として、静かに校門に向かって歩き出す。いよいよ始まるんだ、僕らの探検が。きっと大したことは起きないに違いない。けれども僕らにとって大きな思い出の一つとなることは間違いない。


 これを盛大なフラグ建築だと思うかもしれないが、だってそうだろう。君はお化けに出会ったことがあるか? ひと昔前の人に聞けばわからないが、科学も進歩し、霊的現象の正体も判明した現在、そんな人は千人聞いたって誰もイエスとは言わないだろう。だからこれはフラグではない、俯瞰なのだ。元紀は頭で架空の読者に向かって言葉を紡いだ。


 しかし、そんな彼の考えを一笑するような悲劇が起きることを五人はまだ知らない。それを機にこの物語は青春小説ではなくなってしまう。ましてやただのホラー小説でもなくなる。


 ではサスペンス小説? いやいや、そんな押し問答みたいな茶番はやめよう。その答えはすぐ目の前まで来ているのだから。


 彼らは敷地へ侵入するために、校門近くにある金網を上ろうと考えていた。校門の前には当直棟と呼ばれる小さな小屋があって、そこで夜間勤務する警備員が常駐している。そのため、いくら防犯カメラがないからといって、校門から堂々と入ることは不可能に近かった。

 だからこそ金網を上って侵入しようと考えていたのだが。元紀たちが金網の状態を確認している時、当直棟の様子を見ていたラムジーがあれ、とつぶやいた。


「当直棟の明かりが消えておる」


 その呟きに残り四人も当直棟を見た。確かに夜間ならついてるはずの明かりが消えている。恐る恐る近づいて見るとさらにおかしなことに気づいた。なんと、校門が開いているのだ。まるで、元紀たちが来ることがわかっていたかのように。


「ど、どういうこと? 今日は藪さんがいるんじゃないの?」


 悠里が不安げな声を出す。


「もしかしたら巡回に行っとるのかもしれん」

「けど、校門を開けたままで行くかな?」


 ラムジーの推測に元紀が疑問を呈する。


「それはわからん。藪さんならうっかり閉め忘れてそうやし、もしかしたら電気を消してそのまま寝てしまったかもしれへんな」


 五人は微笑を浮かべた。


「どうする? これだと校門から行ったほうがバレる確率はなくなると思うけど」


 綾子がしゃがんだまま聞いてきた。もともとの計画である金網を上って侵入する方法は音が出てしまうという可能性があった。これを聞きつけた薮さんに見つかればゲームオーバーである。


 しかし、綾子の提案した通り校門から入れれば痕跡なく侵入できる。ならばこの機会を逃す手はないのではないか? 元紀の考えは奇しくも他の四人と一緒だった。

 五人は何か仕掛けられていないか注意しつつも、そろりそろりと敷地内に入って行った。幸い、罠などのようなものは見受けられなかった。

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