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 三月一日水曜 日没時



 太陽と共に津江島から離れていくフェリーを眺めて一人の少女は胸を撫で下ろした。


 これで


 およそ数千億年にも及ぶ「戦い」にようやく終止符を打つことができた。さすがに少し疲れたな。もう休みたい。


 少女は沈みゆく太陽を、一行の方程式の中で規則正しく動くその唐紅の球体を濡れた手で遮りながら見た。

 貴方は何も知らないでしょうね。いつも空の上から私たちを見つめておきながら、何が起きているのか、貴方には知るよしもないもの。


 貴方が私たちを照らしてる間に、人々は忘却し、万物は無為であったかのように元に戻っていったことを。教室の床のシミから人が現れ、何事もなかったように各々の家に戻っていったことを。それを警備員が見ておきながら、何も行動を起こさなかったことを。貴方は何も知らない。


 何も知らないまま、貴方は沈んでいく。


 そして、明日になればまた昇るのでしょう。


 明日、彼らは無事卒業証書を受け取り、何事もなかったかのように、この島から飛び立っていく。


 そして貴方はまた沈み、昇る。そう、決められたとおりに。


 でもね、世の中には予め決められたルートから外れてしまうものもあるの。人間なんてまさにそう。ましてや昨晩起こった出来事なんてその典型よ。きっとこれも全て計算できるかもしれないけれど、貴方や私にでさえもそれはできなかった。だってしょうがないでしょ。複雑な計算は苦手なの。


 あの夜、何が起きたのか。貴方が眠ってる間に話してもいいけど、正直、私自身ももう限界。だって数千億年も眠らずに戦ってきたもの。誰だって眠たくなるわ。


 だから、私の口から話すのは私が目覚めてから。


 それまでは私のしもべに語らせるけど、勘弁してね。



 じゃあ、おやすみ。

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