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「お前ら、昼飯まだだろ。研修初日を祝って俺が奢ってやるよ」と濱島は豪語して、二人を津江島にある定食屋に連れて行ってくれた。津江島は海産物が有名らしく、確かにどれもヤマト市に出回っているものより上物だった。


「そういえば、津江中で思い出したことがあるんだが」


 そう言って海鮮丼を食べ終わった濱島は緑茶を啜った。


「あそこ、半年前にも猟奇ざたが起こってるんだよ。まあ、その時は猫や犬などの小動物だったんだが、目をくり抜いたり、腸を首に巻いたりと、それはまあ無残な姿が校舎の裏山で発見されたんだ」


 彼の言葉にご飯をかきこんでいた孔はゴフッとむせた。濱島は「今する話ではなかったな」と謝ったが、すぐに「お前の食べるスピードが遅いからだぞ」と中華人の背中を思いっきし叩いた。


「それで、その犯人は……」

「まだ見つかってない。ただ、事件が起きたと思われる日、校舎に残っていた生徒の中に今回行方不明になった五人がいるんだ」

「つまり、この二つの事件は繋がってると?」

「いや、あくまで可能性の話だ。頭の隅に置いておくだけでいい。それに、遺体は六つあるはずだ。たまたま五人の共通点が見つかったからって、残り一人が全く違うやつだったら、捜査は振り出しに戻るんだぜ。何度も言うが、深追いは禁物だ」


 確かに残り一つの遺体についてはまだ候補が現れていない。今日来ていなかった生徒はあの五人のみで、教職員の中には美術の先生や図書室の司書などが休みを取っていて、連絡が取りにくい人もいる。

 連絡の取れない人の安否がわかり次第教えてほしいと浜田には言っているが、全員に確認が取れるのは今日の夕方になるそうだ。全く、と吉満は眉間を指で押さえた。自分がまだ配属一日目なんて事実はとっくの昔に忘れていた。


 フェリーで津江島から離れ、ナナオ署に戻ると、濱島と孔とはそこで別れた。最後に五人のDNAサンプルを渡した時、稗島のDNAが付着したティッシュを見て、濱島は眉を潜めた。


「もしかして、これってあれか?」

「多分そうだと思います」


吉満はなるべく平静を保って答えた。


「なんだってこんなものを持ってくるんだよ」と濱島は愚痴りながらも笑みを浮かべた。


 孔もクスクス笑いながら「マサって時々他人とずれることがあるよね」とからかって来る。吉満は黙って彼に右エルボーをお見舞いするが、その顔はどこか柔らかだった。これも不謹慎だろうか、と二人と別れた後で回想する。


 刑事課に戻ると、日樫が自分のデスクで書類を読んでいた。


「関根海咲という女性からクレームが入っていたぞ」


 日樫は吉満のことを認めると、開口一番にそう言ってきた。心臓が大きく脈打つが、彼はそれ以上何も言ってこない。てっきり、怒声が飛んでくるのかと覚悟し、ついでに反論や激昂も準備していたのだが——。


「怒らないのですか?」

「刑事ってのは人から嫌われる事だってある。クレームなんてしょっちゅうだ。そんなことにいちいちビクビクしているようじゃ、事件解決もクソもねえよ。それより、初動捜査はどうだったんだ? 手短に教えてくれ」


 吉満は慌てて午前中の結果を報告した。すると日樫は「ふん、今日来たばかりなのによくやるじゃねえか」と言ったきり、書類に目を戻してしまった。おそらく、彼は感情を表に出すのが恥ずかしい人間なのかもしれない。そう解釈すると、一見いかついベテラン刑事も、不器用な親父に見えてくる。吉満は思わず笑みを浮かべた。


 刑事課を出て、再び津江島に戻ろうとナナオ署の廊下を歩き出した。廊下の窓からは春とは思えないほど太陽がギラギラとナナオ市街を照らし、市街地には車や人々がまばらに行き交っていた。


 さて、この後どう動いたものかと考えていたその時、電話が鳴った。相手は津江中の浜田からだった。


「大変です、吉満さん」


 彼が血相を変えていることが声だけでもわかる。「どうしました」と吉満は冷静を促すように言ったが、浜田の次の一言で自分も沈着を保てなくなってしまった。


「彼らが、行方不明の生徒らが戻ってきたんです!」




   3                       



 三月一日水曜 午後二時三分



 再びフェリーに乗って津江島に戻ってくる頃には気温は春とは思えないほど上昇し、ワイシャツでも暑いと思えるようになっていた。そういえば今日は例年にない暖かさになると、気象予報士は言っていた。けど、ここまで暑くなるなんて聞いてないぞ! 


 いや、熱くなってるのは自分の方か。


 吉満はフェリーの上で浜田との電話を回想した。彼の話によると、突然五人のうち四人の保護者から息子・娘が戻ってきたと電話がかかってきたのだ。しかも、不思議な事に彼らはいつも通り学校に向かって、卒業式の予行練習をして来たと言う。もちろん、彼らは今朝学校に来ていない。


 よく「謎が謎を呼び」なんて売り文句をつける小説があったりするが、この事件に関しては「謎が謎のまま謎を呼んでいる」と言えるだろう。こんなの「謎」でもなんでもない。ただの「不可解な現象」だ。だが、そう嘆いたところで「不可解な現象」が「謎」に戻ることはない。気がつけばフェリーは津江島に到着していた。


 吉満はひとまず、本人確認も含めて彼らから直接話を聞いてみる事にした。フェリー乗り場に近い順から森島、本庄、澁谷、関根の順番に行く。

 森島、本庄が終わり、澁谷の自宅に行く途中で稗島宅があったので念のため寄ってみたが、はたして稗島五月は帰宅していた。玄関で彼が直接応対してくれたので少しばかり言葉を交わしたが、なるほど、性格に難があるなと吉満も感じた。しかし、その原因を作ったのは、玄関の奥から聞こえてくる女性の喘ぎ声であることは容易に想像できた。


 渋谷家に次いで関根家を訪ねる。吉満のことを見た関根海咲は開口一番に

「嘘つき!」と非難の声を浴びせてきた。


「どういう了見でこんな悪戯をしたんや? あんた警察官やろ? 人の息子を勝手に殺しよって、どない責任をとるつもりねん?」


 彼女の罵声を吉満は頭を下げて聞くことしかできなかった。心の中に一種のわだかまりを感じながら。もちろん、海咲の精神状態を揺さぶったのは間違いなく吉満の言葉だった。

 しかし、彼だって偽りを口にしたのではない。実際にこの眼で惨状を確認している。そのため、吉満の心の中は蜘蛛の巣のように、様々な感情の糸が複雑に絡みあっていた。


 ややあって、夫のジョージが再び間に入ってくれて場も落ち着いた。最初は海咲によって拒まれていたラムジーとの面会も、彼の計らいでなんとか叶った。

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