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 学校の中から五人のサンプルを集めることは流石に難しかった。明日卒業することもあって、体操着や教科書など中学校生活で使っていた全てのものを自宅に持って帰っていたからだ。そこで、吉満は実際に彼らの親族を訪ねてみる事にした。


 最初に向かったのは関根ラムジーの家だった。関根ラムジーはブリテン系のジョージとオウサカ出身の海咲みさきとの間に生まれたハーフである。家を訪ねたが留守だったので、距離からして一番近い海咲が勤める中小企業へ足を運んだ。彼女はそこで会計をしている。


「そ、そんな、アホな。あの子に限ってそんな事ありえへんわ」


 訛りの強い女性はそう言って地面に座り込んだ。


「あの子はいつも明るくて、周りを和ませてくれたんです。……あの子が何したって言うんや。……あの子はこんなに早く死んでいい子じゃないんやで」


 嗚咽しながらもぽつりぽつりと言葉を漏らす母親の姿を見て吉満の心は悔恨で支配され始めていた。彼女には少しでも冷静になってもらいたいからと


「息子が学校に登校しておらず、彼のものと思われる遺体が見つかった」


 と言ったのだ。しかし、それは一人の母親にかける言葉ではなかった。行方不明だからという理由だけで、DNAサンプルを提出してもらうことだってできただろう。なにが「彼のものと思われる遺体が見つかった」だ! そんなの、ただの現実逃避じゃないか。


 けれども、そんな理由で吐き出された言葉は、誰かにとっては刃となり深く突き刺さってしまう。それが腹を痛めて産んだ我が子であればなおさらだろう。吉満の心は湿っていた。ああ、自分はなんて命を粗末に感じていたんだ。一つの命が消えるだけで、この世界はなんて崩れやすいのだろう。


 しかし、泣きじゃくる母親を見ていると、そんな反省をしている余裕はないことに気づく。一刻も早くこの謎を究明して、彼らに真実を伝えなければならない。それが刑事という自分に課せられた使命なのだから。


 吉満は心の奥深くから生まれた泥濘をそっと仕舞い込むと、なるべく優しい口調で海咲に声をかけた。


「海咲さん、まだこの遺体がラムジーくんだと決まったわけではありません。それを確認するためにも、彼のDNAを調べたいのですが、よろしいですか?」

「そげんことしたら、ラムが死んじまったっちゅうことがわかっちまうやないですか。そんなの絶対に嫌や!」


 そう喚きながら彼女は拒否を続けた。吉満は傷に塩を塗られたような思いで彼女を説得し続けたが、それでも応じない。

 やがて彼女の同僚が父親のジョージを呼んでくれて、海咲はいったん吉満から離された。ジョージも最初は事件のことを聞いて驚いていたが、海咲よりはいささか冷静で、事件解決の鍵になればとラムジーの乳歯を渡してくれた。


「ラムは昨日、元紀君のうちに泊まりに行くからと言って家を出て行きましたが、まさかそれが最後の会話になるなんて……」


 ジョージは涙目になりながら昨晩のラムジーの様子を語ってくれた。その証言から吉満は一本の推理という線を引く。つまり、森島元紀が事件の何らかの鍵を握っているということか? 


 そんな疑問を頭の片隅に浮かべながら、次に森島元紀の母である森島佑佳を訪ねた。彼女はシングルマザーとして津江第二小学校の事務員をしている。


 彼は今度は先ほどよりも言葉を選んだ。息子の行方が分かっておらず、何かの事件に巻き込まれた可能性があると。祐佳は驚いている様子だったが、それでも海咲の時よりは落ち着いてDNAサンプルの提出に応じてくれた。

 しかし、その後に不思議なことを口にする。なんと、元紀は昨晩、ラムジーの家に泊まりに行くと言って家を出たというのだ。佑佳と海咲は親交が深く、息子らも頻繁にお互いの家へ泊まりに行っていたので、その事についていちいち詮索していなかったそうだ。


 その後、彼は他の行方不明者の親族にも会いに行った。すると澁谷綾子と本庄悠里は昨晩はテニス部のお泊まり会があるからと言って家を抜け出していた。もちろんこの日、テニス部はお泊まり会など開いていない。


 稗島五月の母親はそもそも彼の存在を認知しておらず、昨晩どこにいたのかすら、知らない、寝てた、の一点張りで答えてくれなかった。

 DNAサンプルの提出を求めると、好きなものを取っていっていい、と五月の部屋へ通してくれた。その光景を見て吉満が抱いていた彼女の疑念は薄れた。


 部屋は片付けどころか掃除もろくに行われておらず、いたるところに埃や紙屑が落ちていた。先程の彼女の言動は隠蔽のためではなく無関心からきたものだったのだ。吉満は散らかった部屋を探すこと三十分、ようやく栗の花の臭いがするティッシュを見つけたので、それを持ち帰ることにした。


 一通りの事情聴取を終えて、津江中に戻る頃にはお昼近くなっていた。今日は卒業式の予行練習のみで、午前中に授業は終わるため、校門からは多くの生徒が帰路についていた。しかし、その足取りはどこか重いように吉満は感じた。もしかしたら、明日で一つの区切りがつくからその哀愁からかもしれない。一人勝手にそう解釈すると彼は校門をくぐった。


 事務室へ挨拶に行くと、孔と濱島の姿があった。二人は警備服姿の男二人と一緒にパソコンの画面を見ていた。声をかけると、防犯カメラの映像を確認しているという。


「これが昨晩のEC教室に設置された防犯カメラの映像だ」


 そう言って濱島がエンターキーを押すと、午後十時から映像が始まった。なんの変化も見られず三十倍速で見ていくと、午前四時ごろになって急に映像がノイズを発して途絶えた。


「これは?」

「ドうやらテープが損傷してるミたイ」


孔が腕を組んで答える。


「復旧できますか?」

「ハードディスクが大破でもしていない限り、復旧は基本的に可能だ。後で署に帰ったらやってみよう」


 吉満は謝辞を述べた。映像はやがて午前五時になったところで戻ったが、その時はすでに例のシミが現れていた。つまり、この一時間の間に何かが起きたということか。吉満は誰もが思うであろうその推理に鼓動の高鳴りを感じた。

 だが、すぐに脳裏に海咲の顔がよぎって、それが無思慮な行いだと気づく。謎を解くというのは、人を一種の興奮状態にさせるのだと痛感させられた。


 映像を見終わったところで、濱島が警備服姿の二人を紹介してくれた。そのうちの一人、藪崎龍之介は昨晩当直を行っていた人物だという。

 明らかに定年を超えているであろうその見た目に一抹の不安を覚えながらも、吉満は昨晩の出来事を尋ねてみた。すると、藪崎は、


「いやぁ、申し訳ないのだが、昨夜は途中から眠くなってしまって、日が昇るまで寝てしまったんよなぁ。ま、万が一侵入者が来たときは、ベルが鳴り響いてくれるはずやんけど、それがなかったけん。だから、昨日は誰も来てないと思ったんがなぁ」


と独特な言葉づかいで答えた。


 本来なら職務放棄として叱責れるべきなのに、彼の穏やかな性格のせいか、事務員も茶化すだけだった。これだから、田舎者はいざというときに何もできないんだ。吉満は心の中で悪態をつきつつも、念のため、寝てしまったのが何時ごろか尋ねてみたが、そんな事、吉満でも覚えておらず、無駄に終わった。


「じゃあ、いったん署に戻るか」


 防犯カメラのテープを回収した濱島と孔は立ち去るようだったので、吉満も彼らについていった。

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