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「ええか。この情報は津江中の先輩、後輩、そしてセンコーからも得た情報なんやで。もし、この情報が全て嘘っちゅうんなら、ワシが皆んなから嫌われていたとしても、辻褄が合わん。皆んなしておんなじ事を言っとるんやさかい。いらん偶然か、それこそ怪異の仕業や」

「いや、でも……」

「それに、証拠だってちゃんとあるんやで。もっちゃん、理科室で実験を行う時、薬品が新しくなっとることが多かったやろ?」


 元紀はいったん反論を諦めて、三年間で行った実験を一通り思い返してみた。確かに、そのうちの数回は薬品の瓶が新しくなっていたけど、それはたんに生徒が多くて、その分使う回数が多いからだと思っていた。これがもし、動く人体模型や骸骨の仕業なのであれば、ある程度の量は減ってるはずだ。


 う〜ん、信じがたい。


 疑心暗鬼な元紀は、次のラムジーの一言に驚いた。


「図書室やって、掃除しとると、たまに一席だけ錆びた銅粉や土埃が落ちてることあるやろ。あれは、二宮金次郎が勉強した跡なんやって、マッチーも言うてたよ」


 マッチーとは、図書室の先生である町田先生のことである。元紀とラムジーは図書委員を務めており、常日頃より町田先生のお世話になっていた。

 彼ら図書委員は毎日、朝と放課後に図書室の掃除を行うのだが、たまに図書室の一席だけ土埃や錆びた金属の粉で汚れていることがある。窓から入ったゴミにしては不自然だし(そもそも帰る前に戸締りはきちんとしているから、ゴミが入ること自体おかしい)、そうだとしても、一席だけ集中的に汚れているのは理に敵わない。

 それじゃあ、金次郎が夜な夜な図書室に来て勉強してるからだと言われても、どうもピンと来ない。


「うーん。その可能性はないとは言えないし、だからってそうじゃないとも言えないな。他にはどんな噂があるんだ?」元紀はいったん考察を保留して、ラムジーに先を促した。


「あと、これはうちの中学では有名やと思うんやけど、美術室にでっかい絵があるやろ? 女の裸がたくさんおるエッチィやつ。あれが夜になると動き出すらしいんや」


 その話は元紀も聞いたことがあった。と言うより、この学校で美術を受けた生徒なら全員知ってるだろう。なぜかというと、美術教師の久間木先生が一年生の初回の授業でその絵について説明するからだ。

 美術室の壁の中央に大きく飾られたドロサン・ポティチェリの「プリマヴェーラ」には多くの裸婦が描かれているため、思春期の男子中学生は気にせずにはいられない。


 それを正すためか、はたまたそれを飾っている自分を正当化するためか、久間木先生は一年生の初回の授業で、この絵がいかに素晴らしいかを一時間丸々使って講義する。そして決まって最後にこう言うのだ。


「変な下心でこの絵に近づくんじゃないぞ。この絵はな、下賤な心を持った奴が近づくと、真ん中にいるヴィーナスが動き出して、そいつの心を丸ごと奪ってしまうんだからな!」


 彼の言ってる事が子供騙しだと中学生なら誰にでも分かった。しかし、立派な髭を拵えた眼光の鋭い爺さんが、語気を荒げてそう言うのだから、十二、三の少年は大人しく彼の言う事を聞くしかなかった。

 それでもたまにあの絵に視線が向いてしまうのは、世の男の定めなのだろう。久間木先生も生徒に作業させてる時は、絵の前に仁王立ちして恍惚とした表情を浮かべている。


「あとは、一階にある技術室から廊下にかけてピエロの悲鳴と足音が聞こえて来るんやって」


 ラムジーの言葉に元紀は首を傾げた。


「なんで、技術室でピエロが出て来るんだ? 別に何も関係ないだろ」

「それは誰にも分からん。けど悲鳴の上げ方がピエロみたいやから、ピエロの幽霊ちゃうかって、後輩のカズが言うとったで。守衛の人がその悲鳴を度々聞いてるみたいやからな」


 後輩の証言って、そんなのあてにできないなぁ。元紀は納得できずに顔を歪めた。

 しかし、この中学校の守衛はしょっちゅう変わる事で有名だ。聞いた話によると、なんでも辞めていった人の中にはノイローゼになった人もいるらしい。けど、ピエロの怪異が直接の原因となったかは皆無だ。


「そんで、次が体育館。そこでは、お化けたちの音楽フェスが行われてるらしいんや」


 いやいやいやいやいや。ここで我慢の限界にきた元紀は大きくかぶりを振って立ち上がった。


「いくらなんでもそれは無理だ。もうお腹いっぱい。さすがにそんな大仰な話には、ついていけないよ」


 元紀はラムジーから離れようとするものの、友人は体を大の字にして立ち塞がった。彼よりも一回り小さい元紀は残念ながら、それを突破する術を持っていない。


「もっちゃん、話を最後まで聞いてくれ。これに関してはワシも最初はバカなと思ったで。体育館で音楽フェスを開くなんて世界最高のシンガーか、イカれたヴィジュアル系バンドくらいやと思ってた。けどな、その話をしていたんが、古平くんなんよ」


 それを聞いて元紀は眉を潜めた。古平和久はこの学校の生徒会長を務める人で、成績もよく、人望もあり、信頼にたる人物である。


 ラムジーの話によると、彼は去年の秋ごろ、地元の秋祭りでの催し物のために一人残って仕事をしていた。夜もだいぶふけた頃に守衛さんがやってきて、もう遅いから帰りなさいと言われたので帰宅することにしたのだが、玄関まで来ると体育館の方から妙に騒がしい声と激しいロックが聞こえてきたのだと言う。


 夜に生徒が騒いでるのではないかと思い、注意しようと彼は体育館に向かったのだが、体育館には誰もおらず、喧騒もエレキギターの音も聞こえなくなっていた。

 最初は疲れすぎで幻聴でも聞いたのかと思ったが、のちに友人から体育館の霊の話を聞いて、まさかと思ったのだそうだ。


「う〜ん、確かに古平くんの言うことだから信憑性は高そうだけど、どうも信じる気にはなれないな」


 元紀はまだ渋っていた。その言葉を無視してラムジーは続ける。


「そんでもって最後はトイレや。トイレで有名なんは、さっき言った四時四十四分の鏡もあるんけど、もう一つ、有名なんがあるやろ? そう、トイレの花子さんや!」


 元紀を待たずに答えを言うところから、彼がそれなりに興奮してることが感じられる。


「津江中にもトイレの花子さんと似てる話があるんやけど、この名前が違うねん。うちのは、『トイレの花子さん』やのうて、『トイレのクミ子さん』なんやって。トイレの個室のドアを三回ノックして『クーミー子さん、あーそびーましょ』っとゆうと現れるらしいんや。これはありとあらゆる人から聞いた話やから間違いないで!」


 また訳のわからないのが出てきたぞ。元紀は半分呆れた顔で自信満々に喋る友人の事を見た。いくらかでも興味深い内容であれば次回作の参考にしようと思っていたのに、これではあまりにもインパクトに欠ける。

 もし、この調子で小説なんて書こうと思ったら、そろそろ読者は痺れを切らして本を閉じる頃だろう。お願い、まだ閉じないで。ここから面白くするから……。


 あれ? その時、元紀は頭の中で疑問符を浮かべた。


 ラムジーは「トイレのクミ子さん」で「最後だ」と言っていた。しかし、数えてみると、理科室で実験する標本、動く二宮金次郎像、美術室の絵、技術室から廊下にかけて聞こえるピエロの悲鳴と足音、体育館で行われる幽霊の音楽フェス、そしてトイレのクミ子さん。何回数えてみても六つしかない。学校の七不思議と言っていたんだから、あと一つはあるはずだ。

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