1-3
「ラム、ここまで六つしか出てないけど、あと一つ忘れてないか?」
それを聞いたラムジーは得意げな顔をして、人差し指で元紀を指した。
「ご名答、もっちゃん。この学校で知られてる謎の現象は六つだけなんやけど、本当はもう一つあるそうなんや。だから『津江中の七不思議』。けど、最後の一個がどうもネックやねん。
なぜかと言うとな、これが誰に聞いても分からん、解らん、判らん、って言うんや。せやけども、もう一つあることは確からしいんやと皆んな口を揃えて言うもんやから、おかしな話やろ?」
誰も知らない現象。これを現象と呼べるのだろうか? けど、誰も知らないということもまた、一つの現象なのかもしれない。なんか最近はやりのアニメみたいな考え方だな。元紀はそう思った。
教室では先生がいつもより遅いので騒がしさに拍車がかかっていた。上のカーストの者たちは、自席を立ち上がって一箇所に集中し、そうでない者は近くの者と会話したり、本を読んだり、携帯をいじったりしていた。
「でな、この『七不思議』はただの七不思議やないねん。そんなんやったらすぐうやむやになって消えてまう。けど、ワシらが入学する前からあるこの話が今日まで残ってるんは、わけがあるんや」
ラムジーは得意げにただでさえ高い鼻を余計高くすると、レッドカーペットを歩く映画俳優よろしく胸を張ってこう言った。
「それはな、この七つの現象を全て見た人は、何でも願いが叶うんやって!」
おお、ついにオカルトの真骨頂に達したぞ! 元紀は心の中で拍手喝采した。
何でも願いが叶うってことは、この世界を滅ぼしてくれと頼んだら、滅ぼせてしまうという事だ。
そんなのいくらなんでも言い過ぎだ。限度があるはずだ。だって、もしこの片田舎の都市伝説で何でも願いが叶ってしまったら、世界中の似たような場所だって同じ力を持ってるはずだし、そんな事なら、この世界は何度も滅んでいたって不思議じゃない。
いや、もしかしたら、この世界は一度滅んだ後なのか?
頭の隅にそんな思考がよぎったが、陰謀論も程々にしよう、と考えるのを止めた。でも面白いな。滅んだ世界の後に生まれた今の日常。次回作のいいアイデアになるかもしれない。彼は早速、頭の中にある創作ノートにメモをする。
「そこで提案なんやけど……」
ラムジーがそう言葉を発した瞬間、元紀は嫌な予感がした。こうやって前口上に学校の七不思議を入れて、仕舞いにはそれを全て見ると何でも願いが叶うときた。
SFやオカルトものが大好きで、迷信なんかを本気で信じている彼の口から出て来る次の言葉を元紀はわかり切っていた。
「今夜、これが本当なのか確かめてみんか?」
「嫌だよ!」
即答した。なんなら彼が「確かめてみないか」の「め」を言ったあたりで息を吸い、「み」あたりで言葉を発していた。その速さにラムジーは目を見張って驚き、なんでや、と半分怒ったように聞いてくる。
「理由は至極単純で明解。先生や守衛さんにバレたら嫌だから。それに、そこまでのリスクを払ってまで怪異を探すには信憑性が低すぎる」
「なんでも願いが叶うんやで! お金持ちにだってなれるし、なんなら、彼女も作る事ができるんよ!」
気迫に満ちたラムジーの表情を見て、元紀は両手を挙げた。どうやら彼は本当に信じ込んでいるようだった。こうなってしまっては彼を改めさせることは難しい。半年ほど前にも、人類は爬虫類型宇宙人によって作られた、という話を鵜呑みにして、通りがかる人といい動物といい虫といい、生きとし生けるもの全てに敵対の目を向けていたのだ。
「じゃあ、百歩譲って僕が行くと言った場合、一体全体どうやって学校に忍び込むつもりだい? 夜だからといっても当直棟には人がいるから入ることは難しいぞ」
「それなら大丈夫や。なぜなら今夜の守衛はヤブさんやから」
ヤブさんとは守衛の一人で御歳七十八のおじいちゃんのことだ。生徒や先生、誰にでも優しく、みんなから愛されてる津江中のマスコット的存在でもある。
そんな彼は時々居眠りをしている事がある。お天道様の光を浴びながら、うつらうつらする彼の様子はさながら老後を穏やかに過ごす後期高齢者のようで、とても守衛には見えない。彼が夜番であれば、居眠りをしているすきに忍び込むことは出来そうだ。
「そうなれば、あとはワシらのもんや。朝になるまで怪異を探し回れるっちゅう算段や」
ラムジーの自負心ある言葉に元紀も納得しかけていた。「津江中学校の七不思議」に興味があるわけではない。怪異現象があるにせよ、ないにせよ、夜の学校に忍び込むという事に彼は一抹の興味が湧いていた。
夜の学校。そこには先刻ラムジーが言った恐ろしいことも待ち受けているかもしれない。けど、それに遭遇するかもしれない恐怖と、守衛にバレるかもしれないスリルがある。
これはおそらく学生でしか味わえない貴重な体験だ。そして中学生のうちにこの「冒険」をする事ができるのは今夜しかない。
「うん、確かに現実味はあるね。じゃあさらに百歩譲ってそれを実行するとして、親はどうするんだい? もちろん、学校に忍び込むために夜外出するとは言えないだろ」
「その点に関してもワシに考えがあるで。お互いの親にお互いの家に泊まりに行く、と言えば、怪しまれる事なく二人で外に出られるやろ」
元紀は拳骨を唇に当てて、本格的に思考を巡らす体勢に入った。元紀とラムジーは親同士でも仲がよく、しょっちゅう互いの家に泊まりにいっている。最初は親同士でも泊まりの前に挨拶をしていたのだが、今では挨拶もせず、行く前に自分の親に一声かけるだけになっていた。
これを利用して、お互いがお互いの家に行くと言って入れ違いを起こさせれば、夜間に空白の時間が出来、自由に動き回る事ができるだろう。
「お前、なかなか考えるじゃないか」
元紀は僅かに笑みを浮かべて言った。
「せやろ? 中学最後にしかできひん事やから、半年前からずっと温めてたんや」
ラムジーはえへんと胸を張って見せた。
「それで、どないする。一緒に行かへんか?」
身を乗り出して聞いてくるラムジーに元紀は頷こうとした。しかし、ちょうどその時、教室のドアが勢いよく開いて、たくさんのプリントや冊子を持った平川先生が現れた。
途端にクラスのみんなは話を切り上げて、自席に戻っていく。ラムジーもその例外ではなく、まあ、また後でな、と言い残して帰ってしまった。
ちぇっ、タイミングの悪い先生だな。せっかくここまで来たんだから、最後まで行かせてくれよ。元紀は机に肘をつけて虚げに窓の外に目をやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます