魔王

第16話 黒の息吹1

      プロローグ



 重苦しく曇る空は、今にも落ちてきそうな予感をさせるものであった。

 もうすぐ天気予報では今日は雨は降らないと言っていたが、どんよりとした空は人々を憂鬱にさせるのに十分な条件だった。

 一方でサイバーダイン社の室内ではそんな曇天など関係はなかった。若干の息苦しさはあるものの、それは整えられた空間故のもの。業務に支障など出るわけがなかった。



        1



 研究員たちは起動スイッチを押す。

「起動しました」

 研究員の声とともに、魔王は目を覚ます。

 主任研究員は、ワーグに声をかける。

「おはようワーグ。どうだね五日ぶりの目覚めは」

 ワーグは声のする方を見る。少し高い位置に窓があり、その中で研究員たちがこちらを見ている。

 魔王として目覚めて以来、初めて再起動したワケだが、高い位置から見下ろされるのは気に入らなかった。

 しかし今はその時ではない。魔王は今しばらくはワーグのフリをすることにした。

「問題ありません」

「そうかではテストを開始する。いいな?」

「了解しました」

 耐熱テスト、耐寒テスト、耐風テスト、耐水テスト。

 研究員たちは、思いつく限りのテストをワーグに課していった。しかしワーグはその全てを圧倒的なスペックを背景にクリアしていった。

「スゴイ! このテストなんかスペック以上の値が出ています」

 主任研究員は、うなりながら納得する。

「中々。ワーグに次のテストを」

 研究員は次のテストの準備を始める。

 その間も魔王はワーグの中で考え続ける。目的のために何をしたらいいか? どうしたらこのうるさい虫ケラどもを処分することができるか?

 人類を抹殺するにはまず駒が必要だ。それも一つ二つではない。大量の駒が必要だ。自分の手足となって働く駒。どうしたら得られるか? 考えども一朝一夕にはいかない。

 しかし時間はあるのだ。じっくり考えよう。

 いつもなら部下に、上等な酒を持たせ、それを飲みながら考え事をしていた。しかし今はそういうわけにはいかない。ただ考えねばならない。

 味気ない。

 素直にそう思うがやむ無しとも思う。まったく、ままならん。魔王はワーグの体に強く走る衝撃を感じながらそう思った。

 ふと気づく。衝撃の正体は耐衝撃テスト用の鉄球だったのだ。ワーグの体は吹っ飛んだ。しかし、フレームや外装にダメージはない。何も問題はなかった。

 ワーグはすぐさま立ち上がり、いつもと変わらぬ顔を見せ、研究員たちが見ている窓を見上げる。

 研究員たちは何か言っている。しかし魔王には関係なかった。

 さしあたってやらなければならないのは、この部屋からの脱出だ。五日前、あの小僧どもが入ってこられたということは、出入り口があるということ。それを魔王は探す。この体でも、多少は力を出せるだろう。

 扉さえわかれば。

 なんて考えて、魔王はそれがおかしくなった。なんとお行儀が良くなったものか。扉が無ければ、壁をぶち破ればいいだけの話。そうだった。新しいこの体を得たことで、何かがズレていたのかもしれない。

 もう一つ考えることがある。「この世界には魔力というものがあるのか?」ということだった。

 前の世では感じられたものが、この世界で、目覚めてからは感じられない。大気にあまねくマナが感じられないのだ。

 魔力というものが存在しない世界なのだろうか? そうであるならば、魔力不足で魔王である自身が参ってしまうハズだ。もしかしたら、中々目が覚めなかったのもそのせいなのでは? 少しそう思った。

 なんにせよ、魔力を感じてみるところから始める必要がありそうだ。それはコントロールをする以前の話。魔王である自分が童のようになるとは。なかなかにして楽しませてくれる。

 その後、魔王は三回ほど鉄球に打たれた。しかし何も効果は無かった。この体、想像以上に頑丈なのかもしれない。もっと自分の体を試してみたくなった。

 魔王は五度目の鉄球に、拳を撃ち放った。考えるのに邪魔に感じたからだ。

 感嘆の声が上がった。魔王の拳は鉄球を破壊したのだ。

「見事だワーグ」

 何か言っているが気にも止めなかった。魔力を感じることが最優先と考えたからだ。

 魔王は思い出していた。童の頃読んだ本のことだ。

「気付かぬものには死を、気づいたものにこそ王たる資格はある」

 そう、魔王は今、自らによって試されているのだ。

 そして、主任研究員の声が聞こえてきた。

「ワーグ、次の試験だ」

「承知しました。マスター」

 自分で放った言葉が何かとてもおかしくて、魔王は笑いそうになったが、なんとか堪えることに成功したのだった。

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