第7話 隠されていること

「あ! 肝心なことを言い忘れた!」

「何を?」


 突然言い忘れたと声を上げた出雲に対して、美桜が頭にハテナマークを浮かべているような顔をしていた。


「美桜のいた国や刺客に襲われたことだよ! 肝心なことを言い忘れてた!」

「あ、そうだったわね。あえて言わなかったのかと思ったわ」

「思ってたなら言ってよ! はぁ……またこの列に並ぶのか……」


 肩を落としながら出雲と美桜は再度長蛇の列に並んでいく。

 既に時刻は12時に迫っており、家を出てから3時間が経過をしようとしていた。


「これだけで午前中が終わりそうだ……」

「たまにはいいんじゃない? こんな日があっても良いと思うわ」


(確かに……たまには良いか。美桜も楽しそうだし、これはこれで良かったのかもな)


 ほくそ笑みながら列に並んでいると、美桜が変な顔をしていると笑い始めていた。


「変な顔とか言うなよ。ただ笑っていただけだよ」

「そうだけど、変な顔だったからつい」


 そんな風に楽しく笑い合っていると出雲達の順番になり、既に時刻は12時を過ぎていた。


「次の方って、黒羽さんじゃないですか。また何かあったんですか?」


 扉を開けた秘書の女性が、出雲を見て驚いていた。

 先ほど出て行ってまた並んでいたのだから無理はないだろう。出雲は言い忘れていたことがあってと言い、美桜と共に所長室に入っていく。


「またお前か。何か言い忘れたことでもあったのか?」

「何度もすみません。言い忘れたことがありまして」


 部屋の中央にある椅子に座ると、出雲は仁に美桜のことを言い始める。


「刺客に襲われたって言いましたけど、狙われたのは美桜なんです」

「この子が? そう言えば銀髪なんてこの辺りでは見ないな。それにフードを着ているし、何が原因なんだ?」


 仁の言葉を聞いた美桜は何かを考える素振りを取って、その口を開いた。


「出雲にはもう伝えていますが、私はここから東に進んだ先にある陸奥という島国から来ました」


 陸奥という言葉を聞いた仁は目を見開いて驚いているようで、その様子を見て何かあったのかと出雲は仁の様子を観察していた。


「陸奥か……ある限られた人しかその国があることは知らない秘密の場所だ。陽彩さんは少し退席してくれ」

「わかりました」


 陽彩と呼ばれた秘書の女性は所長室から出て行った。


「さて、これで陸奥のことを知っている人はここの3人だけだな。あとで陽彩には陸奥のことは他言無用だと伝えておく」

「ありがとうございます」


 美桜が感謝の言葉を言うと、仁が陸奥は歴史から消された国だと突然言い始めた。


「歴史から消されたってどういうことですか!?」

「今から話すから落ち着け」


 仁の一声を聞き、何度か深呼吸をする出雲。

 美桜からも落ち着いて焦らないようにと注意をされてしまった。


「ごめんなさい……」

「いいさ。驚くのも無理はない」


 仁はそう言いながらお茶を一口飲む。


「さて、話を再開しようか。その昔、遠い遠い古代にある2人の兄弟がいたとされている。その兄弟は初めは仲が良かったが、次第に権力を持つにつれて仲違いをしていったらしい」

「仲違い?」

「そうだ。その兄弟はある国の王子であり、当時の国王が病に伏せた際にどちらが王位を継ぐかで争ったと聞いている」


 結局争いなのねと美桜がため息をついていると、出雲はまだわからないからとたしなめていた。


「王位を継ぐための争いは数年間に及んだのだが、最終局面の際に兄が弟を騙してある島に閉じ込めたのだ」

「ある島ですか?」

「そうだ。兄が弟と和解をして共に国を導こうと言いながら、当時未開拓であった陸奥という島に閉じ込めてその周囲に封印を施したらしい」


 仁は封印と言いながら一枚の小さな紙を出してくる。

 その紙には無数の島とその周囲に雲のようなものが描かれていた。その絵を見た美桜は陸奥だわと小さく言葉を発していた。


「確かに陸奥だわ。無数の島が繋がっていて横長の島よ。どうして知っているの?」

「それはな、この絵を描いた人が陸奥から逃げてきた人だからだ」


 逃げてきた人。

 その言葉を聞いた出雲と美桜は驚いてしまう。まさか美桜と同じような人がいるとは思わず、封印をしてある島から出て来れるなど思ってもいなかったからだ。


「篁君と刺客のように、封印の隙間を突いて島から出てくる人がいるのだよ。島の場所は限られた人しか知らないし、その場所を例え知ったとしても行くのは禁じられている」

「禁じているんですか?」


 どうして禁じられているのか理解が出来ない美桜は、前のめりになりながらなぜですかと声を上げた。


「それはな、現国王の血筋が弟を封じ込めた兄であり、王室に伝わる書物の中に陸奥のことが書かれているからだ」

「それには何が書かれているんですか?」


 内容が気になる出雲はもう少し聞き出したいと考えていたが、その思惑は呆気なく砕かれることとなる。


「俺だって何でも知っているわけではないぞ。聞かされたことや、危険を冒して調べたことだってある……わかったことは陸奥とこの国にはそれだけ深い因縁があるということだけだ」

「そうなのですね……確かにお父様とお兄様はたまに大和国に復讐をしなければと言っていた気がします」

「それは本当か!? 本当に言っていたのか!?」

「え、あ、はい」


 復讐という言葉を聞いた瞬間、仁が美桜の体を掴んで本当なのかと何度も確認をし始めていた。


「ほ、本当です! お父様とお兄様が何かの準備をしていたのは事実です!」

「そうか……封印が弱まって侵攻してくるかもしないってことか……」


 顎に手を置いて窓の方に仁が歩いて行く。

 そして窓のから外を眺めながら陸奥の人達は君みたいな髪色や容姿をしているのかと美桜に話しかける。


「そんなことないですよ。この国の人達と同じです。たまたま私が銀髪なだけで、顔はお母様に似ています」

「そうか。陸奥にも俺達と同じ人類が住んでいたのだな」

「そうですよ。ただ、大和国ほど文明レベルは高くないですし、食糧事情もよくありません」


 下を向きながら陸奥の事情を話し始めた美桜。

 出雲はもっと美桜や陸奥のことを知らないといけないと考えていたので、静かに話を聞くことにした。


「作物があまり育たないので、漁で釣った魚や少ない野菜に育てた牛や豚などが主な食べ物でした」

「作物以外は結構ありそうだから、食べ物は意外と何とかなっていたんだろう?」

「私達は大丈夫でしたが、国民達の食糧事情は悲惨なものです……」


 何かを思い返しているのか、美桜の目が潤んでいるのが見える。

 出雲は美桜の背中を撫でで落ち着かせようとしていると、大丈夫よと潤んだ目で笑顔を向けてくる。


「少し陸奥の国民のことを思い出してただけだから、ここの人達を見ているとお父様達は良い統治者じゃなかったということね」

「見ていないからどう言えばわからんが、聞く限りそうなのだろうな」


 やっぱりそうなのねと呟いた美桜は、小さな空笑いを浮かべていた。


「大丈夫か?」

「平気よ……私の目から見ても国民は苦しんでいたし、お母様と一緒に止めようとしたけど妹をお父様達に人質として捉えられてしまって、私はある儀式をさせられたの……」

「儀式?」


 儀式とは何だと出雲が考えていると、仁が多分あれだろうと小さく言葉を発していた。


「あれって何ですか?」

「魔の扉を開く儀式だろう。昔にこの世界のどこかで開いたことによって、俺達が日々戦っている魔物がこの世界に現れたんだ。どこかの世界と繋がっているらしいが、未だにどこかは判明していない」

「魔物って違う世界から来たんですか!?」

「憶測でしかないが、魔の扉と呼ばれているからには魔物はその扉から来たんだろうと言われているだけだ」


 出雲は話していて知らないことが多いなと少し落ち込んでいると、その様子に気が付いたのか仁が気にするなと励ましてくれる。


「お前が知らないことは、この国の隠された部分や世界が秘密にしていることだ。恥じることはない。むしろ知ったことが凄いことだ」

「うん……ありがとう……」


 頬を掻きながら感謝の言葉を言うと、美桜が良い親子ねと言ってくれた。

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