第6話 所長室

 所長室は5階の奥に作られている。

 そこは所長室や会議室のみがあり、所長や副所長に各管理職達が日々会議を行っている場所でもある。


 出雲は美桜と共に階段を上って所長室に移動をすると、そこには多数の職員が列を形成していた。出雲は何が起きたのかと唇を尖らせながら、並んでいる職員に聞いてみることにした。


「すみません。いつもは列なんてないのに、何かあったんですか?」

「ああ、黒羽か。お前今日は休みじゃなかったか?」

「ちょっと所長に話があってね。ていうか、この列は何ですか?」


 出雲が話しかけたその男性は、近頃騎士への支援が多くて物資が不足しているらしいと言葉を発する。


「色々な部署が所長に費用の増加や、製造ラインの新設を頼んでいるらしい」

「そうなんですね。俺も最近出動が多いしなー。なんか魔物の動きも活発だし」

「それもあるんだよ。魔物からの被害も各都市で増えつつあるので、それの防衛にも駆り出される始末だからな」


 ため息をついている男性は自身の番になると、出雲に行ってくるといいながら所長室に入っていく。


「そんなに所長って人は、偉い人なの?」


 長蛇の列を見て美桜はそんなに凄い人なのかと小首を傾げて聞いてくると、出雲はそこそこに偉い人だよと返答をした。


「そうなのね。所長室というくらいだから、偉いんでしょうね」

「偉いからね。国に意見を言ったり、この会社で一番忙しいかも」


 美桜の質問に答え続けていると、ついに出雲の番になった。

 所長の秘書である金色の髪を持つ長髪の女性に室内に促されて、2人は入室をする。部屋の中は書類の束が部屋の中央にある机に積み重なっており、仕事量の多さが一目でわかった。


「おう、お前か。今日は休みなのに何かあったのか?」


 出雲を見て手元にある書類に何かを書きながら話しかけてくる。

 所長の名前は新藤仁という。仁は40歳の若さで他の職員を追い抜いて所長に任命をされた人物である。

 黒髪で短髪の髪を持ち、右頬には何かで斬られたであろう傷が斜めに入っている。筋骨隆々な体格をしており、配達士の制服が若干着づらそうに見える。


「いや、少し報告したいことがありまして……」

「後ろにいる銀髪の女の子のことか? 確かに何か訳ありに見えるな。お前はこれと決めたらどんなことにも首を突っ込むからな、また何かに巻き込まれたのか?」


 仁は出雲がどのような性格なのか理解をしているようで、一挙手一投足から何を考えているのか理解しているようだ。


「まずこの子の名前は篁美桜と言います。昨日倒れているのを見つけて、家に連れて休めようとした時、美桜を狙っている刺客が家に攻め入ってきました」


 刺客が攻め入る。

 その言葉を聞いた仁は、何だそれはと席から立ち上がって声を上げた。


「そんなことがあったのか!? 今は無事ってことは追い返したってことか?」


 仁が出雲の前に歩いてきて、出雲の体を触り始めた。


「どこも怪我をしていないか!? 大丈夫か!?」

「仁さん痛いよ! どこも怪我してないから大丈夫!」


 その言葉を聞いた仁は安心したようで、よかったと言葉を発していた。


「親子みたいね。本当の親子じゃないんでしょう?」

「違うよ。俺が10歳の時に引き取ってもらったから、ある意味では父親なのか?」

「俺はそう接して来たぞ。仕事に対しては対等に接しているがな」


 対等に接すると聞いて、大変だったなと遠い目をし始める。


「ま、そんなことは今はいい。それから刺客はどうなったんだ?」

「美桜が刺客の左腕を吹き飛ばして引きましたが、また来ると言っていました」

「そうか……お前の家はどうなったんだ?」

「そのことでも相談があったんです」


 3人が立って話していると、秘書の女性が椅子に座りませんかと話しかけてくる。


「そうだな。長くなりそうだし、中央に椅子があるからそこに座ってくれ」


 仁が中央の椅子に2人を座らせると、秘書の女性がコップに入っているお茶を置いて行く。


「ありがとうございます!」

「これはなに?」

「これはお茶だよ。大和国で作っている名産品でもあるんだ」

「そうなのね。なんか良い香りで落ち着くわ」


 コップを持ってその匂いを楽しんでいる美桜の様子を見て、出雲はほっこりした気持ちになっていた。


「それで、家はどうなったんだ?」

「戦闘の影響でボロボロになって管理人さんに一度退去してくださいって言われました……」

「そうか。家を探さなければダメだな。それに、そっちの女の子の行き場も考えなきゃダメだな」


 仁は美桜を見てこれからどうするべきか悩んでいるようである。

 出雲自身もどうするべきか考えていなかったので、仁を見て考えておけばよかったと後悔をしていた。


「さて、どうしたものか……職員の寮もあるが、刺客が攻めてきたら大変なことになるしな」


 顎に手を置いて仁は考えているようで、秘書の女性と何やら話し始めていた。


「2人で話し始めちゃったね。美桜はこれからどうしたい?」


 とりあえずもに聞いてみることにして時間を稼ごうとしていたのだが、美桜は真剣な表情になって、思っていることを話し始めてしまう。


「出雲と一緒に暮らしたいわね。迷惑をかけたお詫びもしたいし、守ってくれると言ってくれたからお互いに支え合いたいわ」

「え、ちょっ!? その言い方じゃ勘違いするよ!」

「え? 思ったことを言っているだけだけど?」


 美桜は小首を傾げながら、何を言っているのよと出雲の顔を見て小さく笑っていた。


「2人で支え合うか……昔、俺にもそう思っていた人がいたな……その人は今はもう側にいないが……」


(仁さんのプライベートな話なんて初めて聞いたな。今は側にっていうことは、どこかで生きているのかな?)


 仁の好きだった人ってどのような人なのか考えていると、秘書の女性が1枚の書類を机の上に置いた。


「黒羽さんが暮らす家はこれです」

「この家って、前に仁さんに教えてもらった昔に住んでいた家じゃない?」

「そうだ。既に俺も住んでいない、遊ばせている家だな。綺麗にはしてもらっているし、家具もあるからすぐに住めるぞ」


 秘書の女性が提示した家は、武蔵の東側にある湖の畔に建てられている一軒家である。この家は3階建てであり、2人で住むには広い家といえる。


「そこの家なら通勤もさほど苦じゃないだろう? 俺も一時期そこから通っていたしな。もし刺客に襲われたらすぐに報告をしろよ?」

「わかりました。家にある電話で報告します」

「電話ってなに? 初めて聞いたわ」

「電話を知らないの?」

「初めて聞いたわ」


 美桜は初めて聞く言葉ばかりなようで混乱をしているようである。

 出雲は一度落ち着いてと美桜に言いながら、電話のことを簡単に説明し始めていた。


「電話線とか色々あって、遠い人とも話が出来るのね……私の国にはない技術だわ……」

「技術というか、魔法以外にも科学が発展しているんだよ。魔物との戦いや近隣諸国との衝突が最近多いからさ。その影響で魔法以外に科学という分野が発展しているんだ」

「科学?」

「この配達所にも科学の影響があって、騎士への補給物資や配達士の装備にも科学の影響を受けているんだよ。ま、それは追々見せるよ」


 美桜は絶対見せてねと出雲の頬を指で突っついていると、仁が大笑いをしてる姿が目に映る。


「仁さんが笑うなんて珍しいや」

「そうか? 俺だって笑うさ。お前達2人を見ていたら昔を思い出してね。絶対に守ると決めたらその手を離すなよ」


 手を離すな。

 先ほど聞いた仁の想い人のことを聞いたら、そうだろうなと思う。しかし、未だに美桜とは会ったばかりで好きかどうかもわからない。

 守るには守るし刺客が襲ってきたら対応をするが美桜からの感情も遊びであろうと考えているので、いずれ美桜の気持ちをちゃんと聞きたいと考えていた。


「何があっても離さないよ。ちゃんと守るさ」

「それでいい。お前は俺のようになるな」


 そう言い、仁は目の前のお茶を飲み干すと席を立って机に移動をした。


「これが家の鍵だ。持ってけ」

「ありがとう! 早速行ってみるよ!」


 その言葉を言うと、2人は所長室から出て行った。

 扉の前に出ると未だに長蛇の列が形成されているので、仁の仕事量の多さを改めて実感していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る