第8話 昼食

「ここまで来るのに色々あったけどね。喧嘩とか沢山あったよ」

「そうなの? そうは見えないけど?」

「短い反抗期だったが、本当の親じゃないとか言ってきてなー。あれは大変な時期だったな」


 遠い目をしながらとある日のことを思い返しているようで、出雲はもうやめてくれと仁の体を掴んで左右に揺らしていた。

 美桜は2人の様子を見て楽しそうに笑っているようである。


「楽しそうね。少し気が晴れた気がするわ」

「そう? ならよかったよ」


 元気になっている美桜を見て出雲が胸を撫で下ろして安心をしていると、仁はこれ以上は話すことがないと言って自身の机に戻っていく。


「長く話しすぎたな。まだ待っている人もいるようだし、何かわかったら教えるよ」

「ありがとう! じゃ、俺達は教えてくれた家に行くことにするよ」

「おう。そうしてくれ。良い感じに住んでくれよー」

「そうするよ」

「ありがとうございます。ちゃんと使います」


 仁に対して美桜は一礼をした。

 その姿を見て出雲も一礼をしようとすると、仁がそんな柄じゃないだろうと一礼を阻止する。


「それもそうだね。柄じゃないや」

「そうだぞ。お前はお前でいてくれればそれでいい」


 どういう意味なのかそのときは深くは考えなかったが、いつも通りでいればいいのかと考えることにした。


「ほら、早く行きな。夜になっちまうぞ」

「本当だ! もう14時だ!」


 昼食を食べることなく朝から仁と話して結構な時間が経過してしまっていた。

 美桜はお腹を擦っているようで出雲が何かあったのかと話しかけると、巨大な音が部屋中に鳴り響いてしまう。


「お、お腹が空いてしまったわ……なんかごめんなさいね……」

「もう14時過ぎだし仕方ないさ。ほら、商店街で何か食べるか食堂で何かを食べな」

「そうするよ。時間取らせてごめんな」

「いいってことよ。さ、行ってきな」


 その言葉と共に出雲は美桜を連れて部屋から出ると、長蛇の列を作っている職員達がやっと出たかと一様にため息をつき始めていた。


「あ、すんません……長時間すんません……」


 謝りながらその場を後にし、食堂を目指すことにした。


「どこに行くの? 商店街じゃないの?」


 美桜はどこに行くのか話しかけると、出雲が食堂だよと前を向きながら答える。


「食堂!? ここにあるの!?」

「ちゃんとあるよー。それに服屋もあるから、そこで新しい服も買おうな。いつまでもそのフード姿じゃ目立っちゃうからな」

「そうなの? 結構気に入ってたんだけどなー」


 そうなんだと言い、楽しく談笑をしながら歩幅を合わせて食堂を目指していく。 この本店に存在をしている食堂は、地下1階にある。

 食堂には多種多様な料理が提供されるのと、一度に100人以上が座れる席が用意されている。


 ここでは食券カウンターで食券を購入し、その左側にある料理受け渡し口で食券と料理を交換する。

 料理は大和国発祥の和食から、他国の料理までの幅広い種類がある。特に和食が人気であり、すぐに売り切れになってしまうと有名である。


「さ、ここが食堂だよ。地下1階にあって、フロア全部が食堂として使えるんだよ」

「広いわね……それに色々な植物が置いてあって壁も綺麗な色合いで圧迫勘が無くて良いわね」


 周囲を見渡して食堂全体を観察しているようである。

 口を開けて驚いている美桜に、とりあえず食券を買おうと話しかけることにした。


「食券を買って進もう。ここにいる食券カウンターの男性に買いたい料理を言えば食券をくれるからね」

「わかったわ」


 美桜は食券カウンターに歩き、机の上に広げられている料理一覧を見ていた。そこには寿司やうどん、蕎麦など様々な料理名が書かれていた。 

 美桜がどれを食べようかしらと悩んでいると、出雲が蕎麦とかどうかと提案をする。


「蕎麦? 蕎麦ってなに?」

「蕎麦っていうのは、ソバの実を原料にして蕎麦粉を加工して作った麺の料理だよ。これが凄い美味しいからおススメかな」

「そうなのね……なら、この蕎麦っていうのにするわ」


 美桜の言葉を聞いた食券カウンターの男性は、蕎麦と書かれている食券を手渡した。その様子を見た出雲も、蕎麦を下さいと言って食券を受け取った。


「出雲も同じのにしたの? わざわざ同じ料理にしなくてもいいのに」

「最初くらいはいいでしょ? 食べ方とかもわからないだろうし」

「そうね。ありがとう」


 そう言いながら隣にある受け渡し口に移動をする。


「ここのカウンターにいる人に食券を渡せば、食券に対応をした料理をもらえるからね」

「わかったわ。ありがとう」


 そう言いながら美桜は食券を渡し対応をする料理を受け取ると、オボンの上に蕎麦と汁にとろろが置いてあった。

 また、わさびと小さく切られているネギが小皿に乗せられていた。


「これはなに?」

「それはとろろで、山芋とかをすり下ろしたものだよ。オボンの上にある汁に入れて蕎麦と共に食べると絶品だよ!」

「それは楽しみだわ!」


 目を輝かせて楽しみだと言い続けている美桜を見て、蕎麦が楽しみだと思っていた。


「席はどこにしようか……あ、あそこがいいかも」


 食堂の奥に対面で座れる席を見つけた出雲は、あそこに座ろうと言って歩いていく。見つけた席に座ると、2人はすぐに食べることにした。

 出雲は汁にとろろやネギに少量のわさびを入れて蕎麦を食べ、それを見ていた美桜は出雲の真似ををして食べようとしていた。


「わさびっていうこれも入れるのね……」


 そう言いながら、小皿に乗せられているネギとわさびを全て汁に入れてしまった。


「いただくわ」


 その言葉と共に蕎麦を汁に入れて一気に食べると、わさびとネギの辛さによってゴフっと吹き出してしまった。


「ゲホッ! ゴホッ! か、辛いわ! なにこれ!?」


 出雲のオボンの上に美桜の口から放たれた麺と汁がぶち巻かれてしまう。

 何が起きたのか一瞬理解が出来なかったが、小皿に乗っているはずのネギやわさびが無くなっていることに気が付いた。


「もしかしてわさびを全部入れて食べたの?」

「うん……出雲が入れていたから食べていいのかと……」

「食べれるけど、全部入れたらそりゃそうなるよ! 水持ってくるから、待ってて!」


 食堂内の隅に給水機があるので、出雲はそこから2人分の水をコップに注いで持って来た。その1つを美桜に手渡すと一気に飲み干して辛かったわと涙目になって呟いている。


「わさびは一度に大量に食べるとそうなるから、気を付けてね」

「うん……気を付けるわ……」


 美桜は涙目のまま蕎麦を食べるのを再開した。

 出雲も再開すると、やはりここの蕎麦は美味しいと頷きながら食べている。


「どう? 蕎麦美味しいでしょ?」

「うん! 辛いのは嫌だったけど、凄い美味しいわ!」


 美味しいと言いながら瞬く間に美桜は蕎麦を食べ終えた。

 先ほどとは違い美味しいと言いながら食べている姿を見ていると、なぜかほっこりとした気持ちになっていることに気が付く。


「こんなに美味しい料理は久しぶりだわ。ありがとう」


 美味しかったと言いながら完食をした美桜は、次は何をするのと話しかけてくる。


「次? 次は美桜の服を買う予定だよ。もう少しゆっくりしなくていいの?」

「楽しく食べれたからゆっくりしたわ。それより色々なところを今は見たいかも」

「わかった。なら、1階に服屋があるからそこにいこうか。オボンは返却カウンターに持っていけば大丈夫だから」

「はーい」


 返却カウンターに歩いて行く美桜の後ろを歩いて、出雲も返却カウンターにおぼんを置いた。


「そう言えばさっき1階に服屋があるって言ったわよね? どうしてあるの?」

「それはね。戦闘に行って服とかが破けたりするから、すぐに取り換えられるように本店内に服屋を入れたんだよ」

「そういう理由なのね。確かに破れた服とか着ていたら嫌ね……」


 何かを想像したのか、美桜は最悪だわと何度も呟いているようであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る