第3話 刺客

「それはセクハラっていうのよ? あまり匂いを嗅ぐのはダメ」

「はーい。ごめんなさい……」


 頭を下げて謝ると少女は許すわと笑顔を出雲に向けた。


「ありがとう。さて、風呂に入る? それとも寝る?」

「今日はもう疲れたから寝させてもらうわ」


 少女が床にある敷布団に手をついた瞬間、奥にある窓ガラスが突然壊れた。

 その窓ガラスは自然に壊れたというよりも誰かに破壊された感じであり、壊された窓ガラスの破片が2人に襲い掛かろうと宙を舞っている。


「大丈夫か!? 布団の中に入るんだ!」


 すぐに床にある布団で少女を覆ってガラスの破片を防いだ出雲は、即座に窓の方を向くと、そこには黒い無地な仮面を付けて全身を覆う黒いマントを纏っている刺客と思われる人物が壊れた窓から部屋の中に侵入をしている姿があった。

 体型はマントによって判断が付かないが、おそらく男性だろうと出雲は考える。


「あいつが私を殺すために雇われた刺客よ。今までどうにか逃げてきたけど、もう場所を突き止めたのね。お早いことで」


 少女が刺客を見据えながら早いわねと言うと、なぜそこまでして殺さなければいけないのか疑問が浮かぶ。


「お前がこの人を殺す理由は何だ? この人が何をしたんだ!」


 出雲の言葉を聞いた刺客は、少女を指差して重罪を犯した犯罪者だと言い放つ。

 重罪と言葉を発した刺客の声は、仮面によって籠っているものの声質的に男性であると断定が出来た。


「殺させると思うか? 勝手に家を壊して、この人を殺させるものか!」


 その言葉と共に腰から剣を抜いて構える。

 出雲の剣を見た刺客は、腰に差している黒い剣を抜いてその切先を向ける。剣を突きの態勢で構えている刺客は、出雲を見据えてただならぬオーラを放つ。


「その女は世界を混沌に陥れるぞ? それでも守るのか?」

「世界を混沌に? 俺にはそう見えないけどな。ここにいるのは刺客に殺されそうになっている少女だけだ!」

「お前の目は節穴だな。ここで共に死ぬがいい!」


 刺客が鋭い突きを放つと出雲は持っている剣で攻撃を受け流し、そのまま風切り音が聞こえる程の速度で剣を振り下ろした。

 その攻撃を刺客は体を横にずらして攻撃を回避すると、2人から距離を取って体勢を整えて武器を構える。


「機敏に動くな……この部屋でさ!」


 体勢を整えている刺客に向けて剣を水平に振るうが、アクロバットな動きで避けられてしまった。まさか今の攻撃を避けられると思っていなかったので、眉間に皺を寄せながら後方に下がるしかできなかった。


「直情的な攻撃だな。そんな攻撃じゃ俺を殺すことはできないぞ」

「そうみたいだな……俺も本気で戦う必要があるようだ」


 気を引き締め直した出雲は、中段で構えている剣に魔力を流し込む。

 すると魔力を流した剣の鋭さが増し、切れ味が上がっていく。


「本気を見せてやるよ……ここに来たことを後悔させてやる!」

「やって見ろ! 簡単には殺されん!」


 出雲と刺客の2人は互いに見合ったまま仕掛ける隙を伺っているようで、その場に静寂が流れていた。

 どちらかが先に仕掛けるのか、どちらが先に隙を見つけるのか。緊張感が流れる部屋には外からの笑い声以外が響いていなかった。


(隙が見つからない……この刺客、相当な修羅場を経験しているな……だけど俺も前線で戦っていたんだ! 負けるはずがない!)


 刺客の全体を見て隙を伺っていると、視線を動かした瞬間に攻撃を仕掛けてきた。

 剣を上段数回、中段数回と流れるように振るってくるが、その攻撃を表情を変えずに受け続ける。

 体勢を崩さずに攻撃を防いだり受け流していると、刺客が右手を剣から離して魔力を掌に集め始めた。


「剣じゃ埒が明かないな。なら、これならどうだ!」


 右手に黒い魔力を集めて丸い球体を作り出した刺客はその球体を放つと、一気に距離を詰める。

 出雲は放たれた丸い球体を剣の側面で上空に放つと、天井を突き破って外に飛び出した。


「お前、ただの人間じゃないな? 何者だ?」


 何者かと聞かれて小さく微笑すると、刺客の攻撃を防ぎながらただの配達士だと答えた。


「配達士だと? なんだそれは!」

「知らないのか? 配達士は騎士と同じく、国を支えている仕事だ! 舐めたら痛い目を見るぞ!」


 鍔迫り合いながら刺客に舐めるなと言うと、出雲は右手に燃える球体を作り出す。


「もっと周囲を見るべきだったな」

「なんだと!?」


 気が付いた時には既に刺客が攻撃を避ける時間はなかった。

 出雲の作り出した燃える球体が刺客の腹部に衝突すると、耳を劈く爆音と共に窓に向かって吹き飛ぶ。


「ぐふぅ……まさか目標を目の前にして邪魔をされるとは……」

「俺だって伊達に戦場に出ていないぞ。だから言ったろ? 配達士を舐めるなって」


 刺客から視線を逸らさずにいると、ゴソゴソと懐をまさぐっていることに気が付いた。


「何をしようとしている! もう何もさせないぞ!」

「気が付いたか……だがもう遅い! あの女は死ぬ運命だ!」


 刺客が懐から出したのは短剣であった。投げられた短剣は部屋の入り口にいる少女の胸部に突き刺さる軌道であり、すぐに対処をしなければいけない速度である。


(どうする! どうすればあの短剣を防げる!?)


 思考を巡らすも答えは一向に出ない。

 早く動かなければ美桜が死んでしまうのだが、どうすればいいのか考えていて体が動かない。


「これしかないか!」


 これしかないと声を上げた出雲は短剣の前に躍り出て、自身の体で受け止めた。

 その姿を見た刺客は目を見開いて驚いているようである。


「な……なんだと……身を挺して守る価値がその女にあるのか!?」


 腹部を抑えながら立ち上がった刺客は、胸に短剣が刺さり口から血を流している出雲に対して叫ぶ。

 血を流しながら何度か咳き込んでいる出雲は、刺客の声を聞いて価値かと小さく声を発する。


「人の価値を他人が勝手に決めるなよ! 他人が価値を決めていいわけないだろ! 人は人だ! 自分の価値は自分自身で決めるんだ!」


 叫びながら胸に刺さっている短剣を勢いよく抜いて床に投げ捨てる。

 そして、剣を握り締めながら刺客との距離を詰める。


「どんなことがあったか知らないけど、ここまで来て殺そうとしているお前が悪だ!」

「俺は悪じゃない! 国を滅ぼす寸前まで追い込んだあの女の方が悪だ!」


 2人の剣が重い金属音を上げながら鍔ぜり合う。

 お互いがお互いの目を見ながら力強く剣を押し込んでいる。どちらかが力を緩めたら一方が死ぬ瞬間が訪れていた。


 窓の外から聞こえる楽しそうな笑い声が響く部屋の中に、2人の重い金属音が響き渡り、窓を境に生と死が重なっていた。

 流れる汗や殺意が部屋中を駆け巡っていると、突然少女が2人の間に身体を捻じ込んで何かをしようとする。


「私は私よ! 命令されて働いていたあの時とは違うわ! それに、あれは私がしたことだけど、お兄様によって仕組まれていたのよ! それを理解しなさい!」


 出雲と刺客の間に割り込んだ少女が、屈みながら声を発している。


「誰がお前の言葉などを信じるものか! 俺は王の命を受けてここにいるんだぞ! 責務を果たすまでだ!」

「そう……お父様もグルだったわけね……腐敗が進んでいるようね……」


 目元に力を入れた少女は右手に輝いている魔力を凝縮させると、腹部に力を入れて右腕を刺客に向けて突き出した。


「私の魔法を受けなさい! 瞬光!」


 その言葉と共に少女の右手から放たれた魔法は刺客の左腕に命中した。

 瞬光は凝縮された質量を持つ光を放つ魔法であるので、その攻撃力の高さや直線で進む速度が高いことが有名である。


 少女の瞬光を受けた刺客は悲痛な声を上げながら2人から離れると、自身の左腕を触っている。


「お、俺の腕が……俺の腕が……!」


 息を荒くしながら今にも取れそうな刺客だったが、おぼつかない足で倒れずにいるようである。


「諦めなさい。私の攻撃によってあなたの左腕は消し飛んだわ。早く国に帰って、お父様に娘は真実を確かめると言っていたと報告をしなさい」

「おめおめと帰れるものか! 俺が殺される!」

「自分が殺されそうになると焦るのか? それは都合が良すぎるんじゃないか?」


 舌打ちをしながら周囲を見渡している刺客は右手で持っている剣を床に差して、懐から小さな球体を取り出した。


「俺はすぐに戻って来る! お前を殺しに必ずな!」


 その言葉と共に床に小さな球体を床に強く衝突させると、煙幕が辺りに充満し始める。


「逃げるのか!」

「戻ってくると言ったろう! その日まで怯えながら生きているといい……」


 その言葉を最後に出雲の部屋から刺客の気配が消えた。

 窓に近寄って周囲を見渡した出雲は刺客の姿と気配を感じないことを確認すると、少女に近寄る。


「もう大丈夫みたいだ。突然の戦闘でごめんな」

「謝ることはないわよ。助けてくれてありがとうね」

「俺がしたかったから助けたまでだよ。そこで助けを求めている人を放ってはおけないからね」

「あ! 怪我してたわよね!? 見せて!」


 出雲は言われた通りに傷を見せると、少女が女神の癒しと言葉を発した。

 すると傷口が淡く光り、血が流れて痛みが酷かった傷口が瞬く間に治っていく。


「傷が治った!? 何をしたの!?」

「秘密よ。ま、私の特殊な力だと思ってね。このことは誰にも言わないで」

「わかったよ。秘密にするよ」


 どういった特殊な能力なんだと首を傾けて悩んでいる出雲とは違い、少女は発動しちゃったわと何やら後悔をしているようである。


「治してくれてありがとう。とりあえず一旦落ち着こうか。床が傷ついたり天井に穴が開いちゃったけどさ」

「そうね……一気に色々なことがあって疲れちゃったわ」


 2人が剣によって傷がついた床に座ると、部屋の扉を強く叩く音が聞こえてくる。


「黒羽さん! 大丈夫ですか!?」


 部屋の扉を叩いたのはこの集合住宅の管理人の男性であった。

 突然叩かれて声が聞こえたことにより、体をビクっとさせて驚いてしまう。


「だ、大丈夫です! ちょっとおかしな人が襲ってきただけです!」

「おかしな人!? 天井も壊れていると聞いているので入っていいですか!?」


 部屋に入ると聞いて、少女を風呂場に急いで移動させた。


「ここにいてね! 絶対に動かないでよ!」

「わ、わかったわ……」


 困惑している少女を風呂場に置いて、部屋の扉を開けた。


「入りますね……こ、これは何があったんですか!? 部屋中が傷だらけで床も抉れて、天井は魔法を使ったんですか!?」

「い、いや、なんか剣を持って暴れ出して、魔法を打たれたんで上に飛ばしました……」


 説明をしていくと管理人の男性は口を開けて驚いているようであった。

 次第に反応をしなくなると、直しましょうと小さく呟き始める。管理人の男性は出雲の方に振り向くと、明日には一度退去してくださいと話しかける。


「修理をしますので、明日の朝に一度退去をしてください。別の家はありませんが、修理をしなくてはならないので急ですがお願いします」

「わ、わかりました……準備をしておきます……」


 出雲の返事を聞いた管理人の男性は部屋から出て行った。

 少女は管理人の男性が出て行く音を聞くと、風呂場から出て来て出雲に話しかける。


「大変なことになったわね……なんかごめんなさいね」

「いや、君が気にすることはないよ。ほとんど何も置いてない部屋だからすぐ準備が終わるし、当てはあるからさ。だから気にしなくていいよ」

「ありがとう……」


 さてどうするかと言葉を発すると、少女が疲れたから寝たいわと大欠伸をしながら目を擦っている姿が目に入る。

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