第33話 最後のピース
全身に雷が走ったような衝撃が全身を駆け巡ったと思った時には、ゾーンに入った刹那。
ゾーンとは、選手が極度の集中状態にあり、他の思考や感情を忘れるほど、競技に没頭しているような状態(感覚)のことである。
このままでは相手のペースに飲まれると警戒したアギルがダイスを振りゲームを進行させる。それに反応し育枝、刹那の順でダイスを投げて続く。
「ふっ、無駄だ。お前達の運命はもう確定している! どんな魔法で来ようが俺の魔法がお前達の全てを否定するッ!」
否定……か。
随分生温い言葉だ。
ゾーンに入った刹那の無言の圧はアギルと育枝の肩をピクッと震わせる。
地面を転がっていくダイス。
そのまま育枝のダイスが動く事を止めまたしても出目が百で止まるが魔法の効果を受け半減し、アギルのダイスの出目が七十四と両者が運ではなく何かをしたのは明白の中、刹那のダイスだけが一と限りなく悪い出目を出した。その為、アギルの魔法を受けない結果となった。
だが――。
この状況で不気味過ぎる結果にアギルの表情が苦い物へと変わる。
「な、なにが……どうなってる……」
最早理解不能と言いたげな表情と声で、
「ふふっ、あはは……。まだ気づかないのか? 俺の狙いによ?」
突然不遜な笑みと笑い声をあげる刹那にアギルの集中力が乱され始める。
そんなアギルを置いてステータスを振り分けていく刹那に流石の育枝も苦笑い。
危険な橋以前に九十九パーセント死が確定した橋を渡るなど正気の沙汰ではない。
相手が冷静な判断をしてきたら一発でアウト。
そんな危険な橋を命綱なしで渡るなど頭が狂っているとしか言いようがない。
数秒後、運命の時がやってくる。
ダイスの出目によって強化されたアバターが激しくぶつかり合う。アバターのぶつかり合う中、フィールド上空には『判定中』と表示され、この勝負結果がお互いのステータスの振り分け結果を現すことになる。
しばらくすると、空中の文字が『ドロー』と表示され、お互いのHPゲージに変化はなくアバターがそれぞれのプレイヤーの元へと戻っていく。
その結果に笑いをこらえきれない刹那。
「アハハ! あはははは! アハハ!」
賭けには勝った。
そして勝利の方程式が遂に完成した。
もしアギルが唯の事を手駒程度にしか思っていなかったならば、警戒心を上げることはなかったと思う。故にこの方法は使えなかった。
なにより刹那を必要以上に警戒し勘違いしてくれたこそ、そこに希望を見る事が出来たとも言える。
「な、なにがどうなってやがる……? なぜ攻撃してこない? アバター強化系統の魔法ではなかったのか!? 女がダイスに魔法を使い出目を百にしているのはわかるが、お前は……一体何をしたんだ……いや何が狙いだったんだ!?」
魔法を使える、とまだ勘違いをしているために真実に気付けないアギル。
本当に笑える。
生ある者が臆病になり慎重になり過ぎる瞬間を全く理解していない為に、本来であれば勝てる機会をみすみす失うとは。仮にも王であるなら心理学やメンタルトレーニングをもっと入念に行うべきだったのではないかと敵ながら思う。
後はたった今確定したシナリオ通りに言葉を紡ぐ刹那。
「まだ気づかないのか、あの出目から俺が何を狙っていたか。お前の本質はこの国を護る義務にある。立場の違いこそあれ、それがお前とそこの従者達の役目だろ?」
「……そうだが?」
「だったらこうは思わないか俺には俺の立場があり役目があると」
「役目……お前如きの分際で?」
「そうだ。俺の本質は生きる世界が変わった程度では揺るがない。ただ今も昔も護るべき者は変わらない。っても今は増えたがな。簡単に言うとだな、立場の違いだ、許せ大和の王。お前は異世界の神に喧嘩を売った。ただそれだけ。そして俺の狙いはただ一つ。神としてお前に天罰を与えることだ」
「この……人間風情が……調子に乗るなよ……ッ!」
刹那と育枝をまだ格下と思い見ているアギル。
その顔には怒りが現れており、まだ頭は冷静らしいが理性で制御が限界になり抑えきれなくなった怒りが僅かにだが見て取れる。
「お前が……か、神だと……ッ?」
人間や生物の本質は所詮そんなもの。
怒りや憎悪と言った感情はとても醜く美しいがその力は強力で全てをコントロールしようと思ったら、感情のコントロールが必要不可欠。
それを証明するかのように、日頃から感情をコントロールしなれた刹那は役者のように演じていた。その顔は余裕に満ちており、まだ何かを狙っているような不気味さも見て取れる。
だけど、刹那の心臓はこれ以上ないぐらい強く鼓動し、脳は考えられる全ての出来事を事前にシミュレーションし刹那の間に次の一手を考え、と限界ギリギリまで動いており余裕などどこにもなかった。
後は勝利の方程式が完成する為に必要な最後のピースを手に入れ掌握すればいい。
その為だけに、全神経を集中させる。
万に一つ、ミスなどしようものなら――。
そう思うと、背中の冷や汗が止まらない。
だけど最後のピースさえ手に入れる事ができれば――。
勝利は目前となる。
「そうだ。確かにお前はまだノーダメージと圧倒的有利なのは変わりがない」
ここはリスクを承知で取りに行く。
「だけどここで一つ疑問がでる」
「疑問だと?」
「お前は基本(初歩)スキルしかまだ使っていない俺達相手にまだノーダメージかつ仲間が倒されたと言う事実に気付いていないんじゃないか? さらにだ。お前は手加減した俺達相手にこのターンも前のターンも攻め切れなかった。何故だがわかるか?」
その言葉に観客全員が衝撃の真実に気付く。
基本スキルしか使えないを基本スキルしか使っていない、とニュアンスを変えた刹那。
だけど事実そう。
プレイスタイルの違いからスキルを基本的に使わないアギルと唯ではあったが、スキルと魔法をもし多用し戦う者が仮にいたとしてこの状況全てがその者の余興と一瞬でも思ってしまえば相手はどう思うだろうか。些細な恐怖は確信がないからこそ徐々に大きくなり目に見えない恐怖として頭の中で大きくなり、相手の正常な思考回路を一時的に妨害するかもしれない。この世でもっとも恐い恐怖の一つは、目に見えない、確信がない、真実を確かめる術がない、そんな曖昧な根拠から生まれた恐怖。
そして遂に、刹那が最後のピースを手に入れる。
「ここまですれば後は行けるか、義妹よ」
「ありがとう。それと義は外して。ここまでしてくれたなら余裕だよ、流石は私のお兄ちゃんだね」
微笑んだ育枝を見て、後はなるようになると、心の中で安堵する刹那。
それをスイッチとして、ゾーンが切れてしまう。
だけど、後はダイスの神として最後の仕事をするだけ。
最後のピースを手に入れた以上、ここからは無茶はせず、確実に攻めていけばいい。
ただし後一つだけ、大きな仕事がある。
その時まで残りの集中力は一旦取っておく。
「さぁ、始めようぜ『第六ターン』を」
「良かろう」
三人が一斉にダイスをフィールドへと投げる。
だけど今回はいつもと違った。
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