第32話 刹那の覚悟と思い
どんな些細な事でも見逃さないと言いたげな視線に蹴落とされ刹那のイカサマの手が完全に止まってしまった。
完全に運による勝負。
目に見えない駆け引きにおいて刹那は一瞬で窮地に立たされてしまう。問題なのは何をするにしても今の状況ではイカサマが見つかるリスクが高い気がしてならないことだ。仮に見つかればその時点で敗北が確定する、これが一番最悪のケースでもある。
「どうした? 魔法は使わないのか? お前のダイスは百ではないようだが? 勝負を決めるのなら二人同時に百を出せばいいのではないか?」
まるで心を見透かしたかのように言葉の刃を何度も突き付けてくるアギル。
それでも本当に強運なのか何とか八十四を出すことに成功した刹那。
指先の感覚を頼りにこの重圧の中で技能を成功させたのだ。
だけどたった一回成功させただけで、根こそぎ集中力を持っていかれた。
そんな刹那の努力を嘲笑うかのように、
「そうゆうことか。今ではなく戦闘ターンに使うつもりだったのか。だがそれでは遅いぞ罪人の弁護士とやら」
勝手に勘違いしてくれたアギルにホッとする暇もなく魔法が使われて窮地に立たされる刹那と育枝。
二人のダイスの出目が強制的に半分にされたのだ。
「なっ!? ダイスが飛んだと思ったら半分だと?」
目を大きくして驚く刹那。
「うそっ!? まさか、これも魔法? ずるっ!!!」
グラサイの効果で今回も出目が百の育枝も半分にされた。
グラサイの方は何も言わないことから、何とか魔法で通用しているみたいだが、それでもこれは圧倒的過ぎる。そう思わずにはいられなかった。もし刹那の出目が悪かったらと思うと冷や汗ものである。
問答無用で防御に全振りの刹那。
このような状況では博打――確率論に賭ける心の余裕すら最早ない。
そもそも失敗確率の方が大きい回避率UP【小】で全てをやり過ごそうなどと安易な考えを抱いてしまった時点で敗北が濃厚色になる。勝負とギャンブルは全く違うのだから。
剣で容赦なく切られた刹那のアバターが悲鳴をあげ地面へ両膝から崩れ落ちる。
ダメージ二十で済んだことをラッキーだと思うべきなのだろうが、残りHPゲージ一なのは笑えない。育枝のHPも少なく十二しかない状況でアギルはまだ無傷かつこちらの攻撃手段が封じられた状態ではかなり厳しい状況と言える。
「運が良い奴だ。いいや、この場合魔法でそうなるようにしたと警戒すべきか」
ボソッと呟くアギルの言葉にため息しかでない。
変に強くなっただけかと思いきや急に警戒心まで強くなったせいで、刹那の言葉によるかく乱や挑発が有効手段ではなくなってしまう。これで二つの武器が機能しなくなった刹那の脅威はかなり下がった。それでも自身をペテンにかけて余裕のある強者を演じる。
「なんだ気付いていたのか? ったくわざわざこっちが演技までして予想外的な反応をしてやったのに。一体どこで気付いたんだ?」
全てが嘘で並べられた言葉は諸刃の剣。
少しでも相手に違和感を覚えさせてしまった時点で綻び砕け散る運命。
だからこそ慎重に、まるでガラス細工のように、全ての神経を張り巡らせて組み立てていく。偽りの魔法が使える刹那という存在を。
「と、言う事はやはり使えるのだな」
何かを確信めいた素振りを見せるアギルに刹那が心の中でガッツポーズをする。
どうやら勘違いが勘違いを生み、それが刹那と育枝にとって良い方向に向かっているらしい。運はまだこちらにある、そう思った。
観客は何がどうなっているのかに理解が追いつかないのか急に静まり返る。
異世界人は魔法を本当に使えるのか、魔力は感知できないぞ、そう言った疑問が各々の中に芽生えたのだろう。
――だけど。
勘違いしてはいけない。
嘘はいずれバレると。
嘘を並べれば並べるほど小さな矛盾点は増えていく。
刹那達が元いた世界の言葉をつかうのなら『嘘にも種が要る』という言葉がしっくりくる。何事にもそれ相応の準備が必要で準備なしではそれなりの結果にしかならない。圧倒的な時間不足がここにきてダイレクトに襲い掛かってきた。刹那が本気で魔法の事について学び始めたのはセントラル大図書館に通い出してからで、それまでは魔法という概念すら知らなったド素人。故に魔法で何が出来て、何が出来ないか、を正しく全て理解しているわけではない。ただ相手の反応を見ながらアドリブでありもしない事を言っているだけで、付け焼き刃で得た知識で対応が出来ない事態が起きたらそれこそ敗北が確実になる。
(このままでは勝てない。ただ時間を稼ぐだけ……となると、次の勝利の方程式はどう構築するかだが……これ以上のリスクは危険すぎるな……)
命懸けの嘘は脳を通常の数十倍で疲労させ、冷静な判断力を奪っていく。
心臓が力強く鼓動する。
まるで生を全身で感じるかの如く。
生と死の狭間で刹那は最後のトリガーを引く決意を決める。
(頼むぜ……育枝。後はお前の力だけが頼りだ)
この際自分の保身全てを賭ける事にした。
その割にはリスクリワードが最低に悪い賭けだ。
だけど力強く鼓動する心臓が全身に血を巡らせ、それに脳が同調するかのようにドーパミンを発生させ血に混ぜる。
脳内麻薬で脳の安全装置が解除された刹那に育枝が声をかける。
「ばか、一人で抱えこまないで」
そっと刹那の顔を見て、柔らかい微笑みを見せる育枝。
そのまま綺麗な瞳で真っ直ぐ刹那を見て呟く。
「私達ダイスの神がダイスで負けるわけにはいかない。そうでしょ?」
「……ふっ」
鼻で笑い。
「そうだな。敵が想像を超えるなら俺達もその上に行くしかないな」
「うん」
アイコンタクトで、
『最後の危険な橋を渡る。それに全てを賭けるがいいか?』
問う刹那に育枝がコクりと頷く。
一人の覚悟が二人の覚悟に変わった。
そしてこの賭けが失敗すれば妹も地獄の底に巻き込んでしまうと危機感を覚える刹那。だけどその危機感は刹那の迷いや雑念を全て消しさり、極限まで集中力を高める麻薬となった。
『育枝だけは死んでも護る!!!』
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