014 薄口な会話3

 俺がネガティブから何とか立ち直った数日後。黒口やいつメンとの日常はいつも通りに戻って、教室や帰り道での会話も問題なくできるようになった。でも、ネガティブになるはこれっきりにするつもりだ。あんな状態になった俺を受け止めたり、応援したりしてくれる人のために。


「――なんてことになっちゃったんです」

「へー、黒口さんも大変だったね」

「……じー」

「えっ? な、なに?」

「…………じー」

「俺、何かまずいことでも……」

「………………じー」


 そんな教室での会話をしていた時。これまたいつも通り黒口が俺を見つめて……いや、違う! この目は何か疑われている目だ! 先日の失敗があったせいで、心当たりになる項目が多過ぎるけど、一つ言えるのは……今の俺が黒口に見つめられると非常に困る。何というかその、動悸の早まりとか、顔の熱さとか、隠せる気がしない。


 しかし、俺の状況を知るはずもない黒口は普通に喋り始める。


「景虎くん。先日、私のこと”黒口”って呼び捨てにしてませんでした……?」

「えっ!? そんなこと……」

「いいえ。呼んでました」


 黒口が断定するなら恐らくそうなのだろう。正直なところ、あの日は勢いに任せて喋ってしまったから細かな部分までどう喋っていたか覚えてない。


「ご、ごめん。よく覚えてないけど、解釈違いなら……」

「あっ、別に謝って欲しいわけじゃないんです。ただ、景虎くんはいつもさん付けをしているのにどうしてあの日だけ呼び捨てだったのか気になって」

「どうしてと言われても……」


 俺が心の中では黒口と呼んでいるから……なのだろうか。中学時代までの碓井景虎は誰かの名前を口に出す機会が圧倒的に少なかったから、心の中の呼称は基本呼び捨てだったように思う。でも、現実に呼ぶ場合は必ず敬称を付けるようにしていたし、今も女子についてはニックネームでもない限りはさん付けで呼んでいる。

 そこから考えると、あの瞬間の俺はかなり興奮していて、碓井景虎の中身が飛び出した状態だったのかもしれない。


「景虎くんは私のこと呼び捨てで呼びたいって思ってるんですか……?」

「別にそういうわけじゃないけど……黒口さん的にはどう?」

「わ、私ですか?」

「ほら、いつか言った時は黒口さんのままがいいって言ってたし、その……今はどういう風に呼ばれるのが一番いい?」

「そ、それは……」


 自分で聞きながら少し意地悪な質問をしていると思った。黒口からすれば俺が呼びたいように呼んでいいと思っているのだろうけど、今の俺は……黒口が呼ばれたい方に合わせたい。それで少しでも変化があれば……俺も覚悟を決める時が来る。


「景虎、黒口さん。何の話をしているの?」


 いい流れだと思ったところに奏多が割り込んでくる。いや、今の俺は奏多を邪険に扱う権利はないし、どこまで聞いていたか知らないけど、奏多が駆け付けてくれたなら何か助け船を出してくれるに違いない。


「ちょ、ちょっと待ってください。佐藤くん……なんで景虎くんの呼び方が変わってるんですか……?」


 黒口は怪訝そうな顔をする。そういえばこの前以降に奏多の俺の呼び方もすっかり名前の呼び捨てに切り替わったみたいだ。素の佐藤奏多ではカゲくん呼びではなく、呼び捨てにするのが普通なんだろう。

 そんなことを考えながら俺は奏多の方を見ると……なぜか奏多はからかうような笑顔を見せた。


「それはもう……景虎といろいろあったからだよ」

「い、いろいろ!?」

「さすがに黒口さんには話せないかなぁ。”オレたちだけ”の秘密だから」

「か、景虎くん!? いったい何があったんですか!?」


 いや、奏多!? なんでそんな含みがありそうな言い方するんだよ!? 確かに黒口へ奏多の件は話さなくてもいいだろうけど、それはそれとして黒口は俺のことで知らないことがあるとちょっと不機嫌になるんだぞ!?


「何ってそんな大したことじゃ……」

「ずるいです! 佐藤くんばっかりそんなの……」

「いや、別に奏多なら黒口さんが気にすることもないと思うけど……」

「そ、そうやって呼び捨てとさん付けで並べられると、何だか扱いの差を感じます!」

「ええっ!? 今までは気にしてなかったじゃないか!?」


 不毛な言い争いを始めた俺と黒口を見て奏多は楽しそうに笑う。こいつ……! 黒口の性格を知った上でやりやがった! この前の件で完全に俺の味方だと思ってたのに!


「いやー 見てて楽しいね。二人のそういう感じ」


 そんなこんなで、奏多から見ても俺と黒口の日常はいつも通りに戻ったみたいで安心……なのか?

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