011 薄口な会話2

 最近、俺はある人物から目が離せなくなった。俺とそいつはよく喋る仲で、校内でも一緒にいる時間も多く、放課後まで付き合うこともある。お互いに出す話題も段々と合うようになってきたのは入学から時間が経って、どういう話なら盛り上がるかわかるようになったからだろう。口には出せないが、この学校内で仲が良いランキング上位と言って良い。そんな人物とは……


「佐藤くん、ちょっといいですか?」

「うん。大丈夫だよ、黒口さん」


 佐藤奏多だ。別に休み時間や放課後に対面して話す分には嫌でも目の前にいるからそこは問題ではない。問題なのはカラオケへ行った日以来、奏多と黒口が絡むことが多くなったのだ。しかもその絡みは十中八九黒口の方から話しかける形になっている。例えば、俺がトイレとかで一旦教室を出て戻ってくると、いつの間にか二人で会話しているし、奏多が一人のタイミングなら黒口から声をかけているのを目撃している。


 これの何が問題かと言うと……何も問題ではない。何を言っているんだ景虎。正直、カラオケでは自分のことばかり考えていて、周りはあんまり見えていなかった。すなわち、その間に奏多と黒口が仲良くなった可能性は大いにある。それに二人の接点は俺以外にも同じ学年かつ同じクラスというだけで十二分に話す理由になるじゃないか。


 いや、しかし、景虎! お前には疑問に思っていることがあるんじゃないか!? 二人が話すタイミングはいずれも俺がいないタイミング。すなわちそれは……黒口が奏多と二人きりで話したいということだ。そして、なぜ二人きりがいいかと言えば……


(黒口が……奏多のことが気になっているということ……!)


 そう、黒口は新しい恋に向かい始めた。いやはや良かった良かった。黒口はとうとう本当に見合う相手を見つけられたわけだ。奏多は盛り上げ上手のいい奴だ。友人的贔屓目が入っているかもしれないが、美男美女で似合っているし、良いカップルになるだろう。本当に、本当に良かった。





「奏多って彼女いるの?」


 ある日の休み時間に入った直後。奏多の席へ訪れた俺はいつの間にかそんな戯言を前のめりになりながら聞いていた。


「なになに? 急にどうしたのカゲくん?」

「あっ……いや、その……奏多って女の子と喋るの上手だなーって思ったから彼女でもいるのかなと」

「そう? 普通だと思うけど……まぁ、あれかな。小さい頃に近所で遊んでたのが女の子ばっかりだったからかも」


 何? 急に自慢されたが? 幼馴染の可愛い女の子に囲まれて生活していたからそんな風になったとでも言いたいのか? そんな……いや、落ち着け景虎。奏多はそこまで言ってない。


「なるほど……あれ? でも、今のは質問の答えになってなくないか?」

「へぇー カゲくんも恋バナしたかったんだ? あんまりそういう話はしたくないと思ってた」

「あっ、いや、そういうわけじゃ……」

「ちなみに今は彼女いないよ。カゲくんは?」

「お、俺もいない」


 前のめりに聞いて来る奏多に俺は若干気圧されてしまう。何だか俺がしたかった話とは別の方向に行こうとしている気がするが、ひとまず現在の奏多はフリーのようだ。このまま質問を続けて探っていこう。


「それじゃあ……今気になってる子とかいる?」

「うん、いるよ」


 ま、マジか!? もしや既にカップル成立……ま、待て。さっきから早計だぞ景虎。何を焦っているんだ。


「カゲくんはいるの?」

「俺にも聞くの!?」

「さっきは答えてたじゃん。それで?」


 しまったぁ! 最初のやり取りでターン制が成立していたのか!? しかも俺の先行だから自分の質問がそのまま返って来ることになる。それを想定した上で……いや、別に真実を話す必要はないじゃないか。きっと奏多もノリ的に聞いているだけで、俺の恋愛事情なんて知りたいはずもない。


「……いる」

「おー!」


 ちょっと俯きながら俺はそう言っていた。ああ、残念なことに碓井景虎という人間は突発的に嘘を付くのが下手なのだ。でも、この状況でいないと言ったら奏多が話してくれなくなる可能性もあったし、これは悪くない動きだ。そうに違いない。次は俺のターン!


「その気になってる子は……この学校にいる?」

「うん。いるね」


 な、何ぃー!? おいおい、これってマジであるパターンなのか!? それが知りたくて聞いているけど、いざ知るとなると、どうしていいかわからないぞ!?


「カゲくんはどう? 同じ学校?」

「お、俺は……うん。まぁ、そうかな」

「ふむふむ」


 次の質問は……どうする。ここまで来たら確定させてしまうか。そうなった時……俺はどういうスタンスでいればいいんだ? 状況を整理しよう。俺が気付いた時は奏多に彼女がいるかどうかを確認していて、どうして確認したかといえばどうしても気になってしまったからで、何で気になったかといえば……


「奏多、最後の質問。その気になる子は……このクラスにいる?」


 決まっている。黒口が心配だったからだ。いや、そもそも俺が奏多から目が離せなくなったのは奏多の方が気になっていたんじゃなく、奏多に絡む黒口が気になっていた。別に黒口がクラスの誰と絡もうが話そうが黒口の勝手なのに、どうしようもなく気になってしまったんだ。


「いないよ。オレが気になるのは一個上の先輩」

「……えっ?」

「さっき言った近所で遊んでた女の子の一人だよ。この学校の2年生なんだ」

「そ、そうなんだ……」


 奏多からそう聞いた途端、俺は安心してしまった。黒口を心配しているなら奏多が気になる子が別の人だったことを残念がるべきなのに。黒口の新しい恋を応援するべきなのに。


「それで、カゲくんの方は?」

「……俺?」

「カゲくんの絶賛気になっているこの学校のどこかにいる誰かは同じクラス?」


 ニヤけた顔で聞いてくる奏多を見て、俺はようやく自分が追い詰められていることに気付く。またしてもやってしまった! 完全に詰める部分だと思ってこのクラスとかいう極端な絞り方をしてしまったけど、自分に返ってくることを全然考えてなかった!


「そ、それは……」

「いるの?」

「その……」

「いないの?」

「い……」

「どっち?」

「どっちなんですか!?」


 いきなり会話に混ざり込んできた黒口に、俺と奏多は視線を向ける。まるで地面から生えてきたように現れた。


「……黒口さん、いつから聞いてたの?」

「全然聞いてないです! なので、続きをとうぞ!」

「えっと……続きって何の続き?」

「このクラスに気になる子がいるって……あ」

「黒口さん」

「ち、違うんです、景虎くん! 佐藤くんの下りは全然興味なかったので聞いてないんです!」

「全然言い訳になってないし、最初から聞き耳立ててるじゃないか!?」


 黒口、そういうことをするやつだったのか。中学の時に耳に入っていた情報とは全然違うキャラクターでびっくりだ。これでは俺の方が解釈違いを……って、あれ? 佐藤くんの下りは全然興味ない……?


「ああ、そういえば、カゲくん。最近、黒口さんからカゲくんのこと、よく聞かれるよ」

「さ、佐藤くん!?」

「普段のグループとか体育の授業とか、黒口さんがいない時はどうしてるのか気になってらしくて」


 軽くそう言った奏多に対して、黒口は焦りだす。えっ? じゃあ、ここ最近で黒口がやたら奏多に話しかけてたのはそういう話を聞くためだった? 


「佐藤くん、それは言わないって約束したじゃないですかぁ!」

「いやー そのつもりだったんだけど、そうしない方がいい状況になっちゃって」

「約束を守らない人は嫌いです! ち、違うんです、景虎くん! 私は別にやましいことを聞いているわけじゃなくて、私がいないところでよく一緒にいる佐藤くんから普段の景虎くんがどんな感じかを――」


 必死に言い訳をしている黒口には悪いが、今の俺は本当の意味で奏多から目が離せなくなってあまり聞けていない。そして、俺の視線に気付いた奏多は首を傾げながら少し笑って見せる。ああ……これは恐らく奏多には察せられている。その上で黒口との約束を破ってくれたんだ。


 そうなれば、俺は義理を果たさなければならない。黒口の喋りを一旦止めて、俺は言う。


「黒口さん。別に俺のことを聞いておくことを秘密にしておく必要はないよ。だから、奏多のことも許してくれると嬉しい」

「そ、そうなんですか? ……すみません、佐藤くん。私、取り乱して失礼なことを言って……」

「いやいや、約束を破ったのはオレの方だから。ね、カゲくん?」


 俺に振られても困ってしまうけど、それで完全に奏多がわかっていると確信した。つまりは俺が最初の質問をした時点で、ここまでの流れはずっと奏多のターンだったんだ。


 そんな空気はわかっていないであろう黒口は俺と奏多を交互に見ながら言う。


「それはそれとして……さっきの話の続きは……」

「もうわかったから大丈夫。カゲくんも満足したでしょ?」

「ああ。よくわかった時間だったよ」

「え? え?」


 困惑する黒口をよそに、俺と奏多は笑い合う。どうやら俺は奏多に敵わないようだけど……もっと仲良くしてきたいと思った。

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