008 薄口な会話

 今日も授業を終えて下校中の電車内。黒口が膝を擦りむいた日以降、俺は奏多たちがいるグループで用事がなければ黒口と一緒に帰るようになった。そうしないとまた俺のことを追ったせいでこけてしまい兼ねないから俺の方が自主的に合わせたのだ。もしも用事がある場合は黒口に知らせて……なんで親に行き先を報告するみたいになってるんだ?


 それはともかく、黒口と一緒に帰るということは約1時間一緒にいることに変わりない。そして、俺の方は何となく黒口の前では寝づらいから、黒口が起きている限りはこの長い時間を潰すために話さなければいけなくなった。その内容は正直言って盛り上げりにかける薄い会話ばかりだ。碓井だけにとかじゃなく。


「それで、景虎くんは結局何フェチなんですか?」


 嘘だった。結構刺激的かもしれない。


「な、何で急にその話題に戻ったの。それに、人前でそう簡単に言えないよ」

「えっ……景虎くんのフェチって人前でそう簡単に言えないタイプのやつなんですか……?」

「違う違う! そういうことじゃなくて……」

「じゃあ、何ですか?」


 黒口、そういうことじゃないんだ。仮に俺が何かしらのフェチを言ったとして、それは俺の場合、女性の好きな体の部分とか仕草とかになるわけだから、それをおいそれと女性の黒口の前で言えないという意味だ。決して傷口フェチや寝ぐせフェチみたいなマニアックだから言えないという話ではない。


「それより、もっとこう……スタンダードなところからいかない? お互いに好きなものとか知らないわけだし」

「それもそうですね……じゃあ、景虎くんの趣味は何ですか?」


 黒口、いい質問だ。それは俺が春休み中に想定していた「もしかしたら聞かれるかもしれない質問」リストの中に含まれている。すなわち現在の碓井景虎に相応しい回答を用意しているということだ。


「最近はファッション系の雑誌や動画のチェックかな」

「解釈違いです」

「ええっ!? なんで!?」

「本当に最近の趣味なんですか……?」


 そ、そんなにショックな感じにならなくてもいいじゃないか! 確かに最近の趣味かと言われると、結局学校では制服着るからチェックしても意味ないと思い始めているし、学校でもこの質問やファッションの話題はそんなに出ないから……あれ? 俺はいったい何のために時間を使って……?


「わかりました。景虎くんがそう言うなら仕方ないです」

「う、うん……」

「では、景虎くんの好きな食べ物は何ですか?」

「好きな食べ物かぁ……これ一つって決めるとなると、結構難しいけど……」

「パン系ならミルクフランスですよね」

「うん……うん? 何で知ってるの?」

「以前にコンビニで買っているのを偶然見かけました!」

「なるほ……いや、一回コンビニで買っただけじゃ好きな食べ物とは断定できないのでは?」

「以前にコンビニで買っているのをたまたま偶然何回も見かけました!」

「そっか。なら……」


 仕方なくないぞ。たまたまと偶然を二回使っても誤魔化せられない。俺が中学時代にコンビニで買い食いした回数なんてそんなにないし、そもそも学校外の行動を何回も目撃するなんて……黒口がずっと見てたっていうのは教室内の話じゃなかったのか!?


「私はパン系ならあんぱんが好きです」

「なかなか渋い好みだね。何かきっかけとかあったの?」

「小さい頃から『アンパンサン』が好きだったからです」

「アンパンサンって、あの顔のあんぱんを分ける系ヒーローの?」

「はい!」

「その影響でメロンパンとかロールパンとかではなく……あんぱん」

「はい! アンパンサンが一番好きだったので」


 そういう理由であんぱんが好きになるのは珍し……くはないのか。俺も小さい頃はそのキャラクターたちの形をしたチョコやポテトを食べていた覚えがあるから、元ネタであるあんぱんを好きになるパターンもあるんだろう。


「ちなみは私のフェチは……景虎くんです!」

「いや、聞いてないし、その話はもういいでしょ!? それにフェチが俺ってどういうこと!?」

「どういうと言われると……全体的にです」


 照れた顔で言われてもさっぱりわからない。黒口、本当はフェチの意味をよくわかってないんじゃないか? 俺も正確な意味を知っているわけじゃないが、黒口が言う景虎くんは中学の時の碓井景虎の方で、そのころの俺は影が薄く、存在感がなかったやつだ。それの全体像のどこにフェチになる要素が……


「……黒口さん、質問してもいい?」

「はい? 大丈夫ですよ」

「ポテトチップスは何味が一番好き?」

「うすしお味です。シンプルだけど病みつきになっちゃいます」

「ベーコンは厚切りと薄切りどっちが好き?」

「私は薄切り派です。サンドイッチに挟んで食べるにはそちらの方がちょうどいいんですよ?」

「家で主に使ってる醬油は濃口と薄口のどっち?」

「えっと……たぶん薄口だと思います。でも、薄口も味はしっかりあるんですよね」


 あった! 薄いフェチあったよ! 今聞いたのは食べ物ばっかりだけど、たぶん他も薄い感じのやつが好きだよ、黒口は! あんぱんもどちらかといえば素朴な味だし、いやはや変わったフェチの人もいるもんだ。だからこそ、黒口は薄かった俺を……今更それを確認してどうする。


「私の方は発表したので、今度こそ景虎くんのフェチをどうぞ!」

「どうしても聞きたいんだ!? 言わないけど」

「なんでですか!? 私は傷口フェチでも全然構いません!」

「それは誤解なんだって」

「じゃあ……」

「……言わない」

「む~!」


 それからも何かと質問に絡めてフェチを聞き出そうと黒口を交わし続けるのだった。薄いフェチを変わっていると思ってしまったが、フェチは人それぞれだから他人がとやかく考えるものじゃない……いや、俺のフェチはノーマルだから。言わないけど。

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