お腹の子に罪はない
坑道の果てには神秘が力強く主張する場所があった。LEDベースライトが白昼よりも眩しく世界を露出している。手をかざしても奥の壁にシミ一つできない。目を瞬くたびに光のスキー板が突き刺さる。くしゃみを三連発した。
萌がドローンから降りる。ふわりとスカートが揺れた。
「その恰好、どうにかならなかったのか?」
俺は目のやり場に困った。「どうしても、と聞かなくて」、と樟葉。そして萌はこんなことを言った。「こんな所に…なんて思ってるでしょ? …そうよね…出来たらウエディングドレスを着たかったわ」
「どういうつもりなんだ?」、俺は真意を問いただす。
「これから起きる事に重大な関係があるんです。今まで充分尽くしました。せめて我儘を聞いて下さい」
樟葉は真顔で言った。
「そうか。女心はわからん。勝手にしろ」
その時、ステータスウインドウが接近警報を鳴らした。レーダー画像がポップアップする。俺に届くよう故意に漏洩しているのだ。そこにはB-52の編隊が映っていた。
「燃料気化爆弾で山ごと焼き払うってか」
「それも想定内でしょう。たぶんマシンは予備がある。オペレーターも…」
樟葉は萌のお腹をちらっと見やる。ベルトのないふわっとしたサマードレス。
そういうことだったか。彼女一人ではないだろう。
「軍はどこまで人をもてあそぶ?!」
俺はステータスウインドウを狙撃モードに切り替えた。
「逆上して乱射する前に、お話を聞いて下さい」
妊婦の前に楠葉が立ちはだかった。
「よかろう。お腹の子に罪はない」、俺は銃を降ろした。
「モラルマシーンという怪物を生みだしたのは【SG】の責任です」
彼は組織を代表して謝罪した。ステータスウインドウが二台並んで異なる未来図を映している。どこかの惑星で無人の重機が首をふっている。砂漠のタイヤ痕、ざらついた砂の質感、杭打機の重量感、CGとは思えない。
片方は狭くて暗い坑道だ。作業員一人がVRゴーグルをつけて伝え歩きしている。こちらはどう見ても実写だ。
「これはどういうことなんだ。AI土木機械の卵を教師がVRゴーグルで調教している。そういう理想図か?」
「常識人はそう解釈します。でも松前鉱山が公開している動画には裏があります。国は
端的に言えば人類が宇宙に進出すると厄介なトラブルが増える。宇宙船の遭難、採掘現場の事故、リスク想定には異星人襲来も含まれる。司法の手に余る問題も起きるだろう。
「トロッコ問題か…脱線させるより、そもそも走らせなければいい!」
「その案は世界線を操る技術に昇華しました。別のトロッコが現れたのです」
「フズリナか」
俺は煌々と照らされた鉱床を見やった。
「それは制しても更なるトロッコが来ました」
「ちょっと待て!何だこれは」
俺はステータスウインドウを割りそうになった。
身に覚えのない動画に俺が出演している。
『バッチリ松前に任せてくれ。こうならないよう肝を銘じて安全第一だ!』
俺は楠葉に殺意すらおぼえた。「ふざけんな!俺は預言者か」
彼も声を荒げる。
「【SG】は手に負えなくなったんです。パンドラの箱を開けてしまった。際限ない地質学戦争へ突き進むか…」
「世界線を俺みたいな預言者候補の視界にとどめて安全確実な未来を歩むか」
どうやら俺達はトロッコを撃ち合うしかないようだ。
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