明晰夢(ルシードドリーム)
「男気を見せろってどういう意味だ?」呼び出し文句は謎めいている。
北斗市のアパートは茜色に染まっていた。軍の監視網や衆人環視には逢瀬としか映らないだろう。彼女は真っ白なサマーワンピースで俺を迎え入れた。
冷房が効いた食卓に角氷の混じった中華そば、きざみのり、キュウリ、ハムが乗っている。俺は千歳ビールを開封してぐいっとあおった。
「これで怖いものはない。悪夢の話を聞こうか」
萌は安心したらしくぽつぽつと今朝の明晰夢について語り始めた。俺としては恋人でもない女の愚痴など聞く由もないのだが引っ掛かる物を感じたのだ。
「お父さんが出てきたの」
夢の中で父親は萌に「親父ではないよ」と言った。それは父親の話ではなく、萌の父親に対する感情の象徴だろうと俺は知っている。
そして夢で俺の父親は「父さんと娘は無関係だ」と言ったそうだ。
「フムン」
腕組みをして少し考えた。
俺と萌の家庭はともかく、俺の父親に関しては、萌のその言葉を聞いて、彼女の悪夢と実際の親父とは無関係だと確信した。俺はステータスウインドウを開いて彼女の戸籍謄本を参照した。親子関係に変化はない。当たり前だ。
俺の父親が俺と萌の父親だという事実を、萌も知っているだろう。だから俺は萌に「親父のことは何も知らない」と伝えた。萌は驚いたようだったが、俺には考えがあったのでそのまま流した。俺は日一教授の言葉を思い出した。今でも腹が立つ。俺は開発されたのだ。成人向け小説などである意味合いではない。調教されたのでなく、本当に1から
萌の長期記憶がバグり始めたのか彼女が若年性認知症を患ったのかは知らぬ。
ただ前者だとすればこのいまいましい世界観をぶち壊すチャンスだ。彼女の属している世界を調べて攻略してやる。
「なぁ、世界五分前仮説って聞いたことはあるか?」
萌はキョトンとしている。「ならシミュレーション仮説は?」
同様に首を振る。
「じゃあ、計算主義とホログラム宇宙論は?」
三度目の正直で彼女はうんと言った。
「夢でお父さんから聞いた。すべて計算できるって。認識も現象も…そして宇宙はホログラムで出来ているんだって。私たちは何かの影絵みたいなもので」
俺はあの島での対話を思い出した。「プラトンの洞窟の比喩だ!」
つまり、俺は
俺は萌にさとした。
「俺達も実体を持った影だ。だが意志がある。アドリブを演じる自由がある」
「今朝の夢は正夢ってこと? おとうさん」
「現実を受け入れて
「おとうさん」
萌が涙ぐむ。ステータスウインドウがカチッと音を立てた。
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