稲倉沢鉱山と明かされる歴史

マシーンはつつがなく作動し漁港に青空が戻ってきた。あの火山も静かだ。

萌は俺に愛想をつかしたらしく車ごと行ってしまった。

俺は一人つづら折りの坂を歩いている。ちょっと言い過ぎたか。その点は反省している。何も世界制覇の野望に燃える魔王を気取ろうというのではない。

日本人を一人でも多く救い難民として迫害されることが無いよう共存共栄を図ろうと願う。受け入れ先と利害衝突を避けるために死人が出るかもしれない。

やむを得ない最小限の犠牲だ。それは日一教授の思想に合致する。

橋を渡りたたずむ。潮風と鴎の声に身をゆだねると自然の有難みを感じる。

破局噴火で今世紀末に失われる。その記憶と息吹は世界の人口に膾炙する。



向こう岸に着いたとたん、視界が一変した。周囲は窮屈な岩肌に囲まれ天井が今にも落ちてきそうだ。圧迫感が閉所恐怖を呼び起こす。模造の火山は跡形もなく消えていた。真っ暗な坑道をステータスウインドウの明かりを頼りに進む。来た時とはずいぶん様子が違う。延々と続く階段もリフトもない。なにより距離感が違う。三十分もあるいて松前駅にまだ着かない。GPSの電波が届き始めたので位置情報を確認した。驚いたことに来た場所から離れていた。

「稲倉沢鉱山だと?」

戦前に国策で開発された松前最大のマンガン鉱山だ。悪化する戦況を踏まえて兵器製造に必要なレアメタルを国産する必要があった。大鴨津川上流域は地面にマンガンが露出している。どうやら俺はあの場所から不連続な時空へ飛ばされたらしい。万歩計アプリの履歴は松前駅から6キロ近い山奥だ。錆びたレールが曲がりくねっている。地図に従って木木を踏みしだくと崩れかけた木造二階建てに出くわした。壁は風化しており生活臭が垣間見える。腐葉土にハイヒールの跡がついていた。まだ新しい。そんな恰好で山に入る人物といえばあの女しかいない。

「そこにいるのか?」

野太い声にぎょっとする。それも斜め上から降ってきた。

二階の窓から日一日一が身を乗り出していた。


「フズリナ?!」

俺はステータスウインドウを狙撃モードにして時計周りに身をよじらせる。

「失礼ね!日一萌という名前があるわ」

一階からソプラノ声が飛んでくる。

「二人がかりか!卑怯だぞ。それに死んだはずでは?」

「銃を下げろ。話がある」

フズリナたちはひるむ様子がない。だがこちらにも人間の誇りがある。

「そっちから来い。相互確証破壊はこりごりだ。丸腰で来い」

俺はレーザーで樹木をなぎ倒した。二人はステータスウインドウを捨てた。

この近辺は鉱山の事務所跡らしく資材や工具が放置してある。俺達は適当に腰かけた。日一は白衣をはだけて見せた。そして何かを摘まんで捨てる仕草をする。「〇〇のおかげで命拾いした…などというご都合主義ではない。私は生きている」

「馬鹿々々しい。B級映画じゃあるまいし。まだ『私はクローン人間だ』と言われる方がマシだ」

「私は自然分娩で生まれた人間だよ」

ムッとされてようやく気付いた。「あんたらは?!」

萌が機先を制した。「貴方から見てよ」

俺は混乱した。

「どういうことなんだ?」

「こっちこそ聞きたいわ。フズリナの女が泣きついて来たの」

俺には思い当たる節があった。「漁港で通信をした後、行方をくらましたが」

「私が始末した」、と人間の日一が言った。

「連中は何者なんだ?」

俺は改めて問いただす。

「君の推測はいい線を行っている」


彼が言うにはフズリナというのは巧妙にインストールされた侵略者だ。よくある陰謀論は異星人が人類を弄ったという。銀河に命を撒種するような高度文明はそんな付け焼刃はしない。もっと巧妙でスマートだ。多細胞生物が自前の設計図を塩基配列で持っているように、進化じたいに基本設計アーキテクチャが組み込まれている。


「フズリナは古生代の海洋に生息し太陽光発電を行い、惑星規模の集合知を共有していた。そしてカンブリア爆発で滅び、レアメタル鉱床に宿る形で地球の進化に関与して来た? 実にイデア的な発想だ。わはは」

俺があざ笑うと日一も苦笑した。

「人は善なる物の日影を見ている。温もりを集めて善とせよ。プラトンのいう洞窟の比喩だ。それこそがモラルマシーンの基本概念だよ。私は【SG】や松前鉱山と共に働き、君のような逸材のに取り組んできた」


「開発だと?」

聞き捨てならない言葉だ。

教授は平然と言い放つ。「ああ。君は駒だからな」

「生命を何だと思ってやがる。生身だろうがVRだろうが感情があるんだぞ」

「そういいながら君は一億一千万を殺した。自家撞着も完璧だ。君のような温血の―換言すれば人間臭い冷血漢を国は欲したんだ」


言われて俺は怒りがこみ上げるどころか哀れみを感じた。

「…」

「どうした? 暴れないのか?」

日一が安っぽい挑発をしかけてくる。

「ここで発狂して乱射でもしたらあんたが兵器の完成を喜ぶだけだからな。ご祝儀に教えてくれや。俺の仮想敵はどういう勢力なんだ。まさかフズリナとかかいうんじゃないだろうな。あれらは噛ませ犬かつあんたらが支配から脱した証拠でもある」

だから端末備え付けのレーザーで簡単に殺せる。俺が知りたいのはモラルマシーンという科学万能機の需要だ。動機がわかれば俺の身の振り方も定まる。

「ついてきなさい」

日一教授は俺をレール伝いに沢まで案内した。おもむろに小石を拾ってガシガシと岩にこすりつける。「チョークみたいだな」

滑石タルクだよ。製紙の製造過程で添加すると吸湿性が良くなる。他にもプリント基板のレジストインキや化粧品の顔料、航空機のハニカムセラミックス材に使われたり用途多彩だが、その根源的な本質に戦略価値がある」

「いきなり観念的な話だな」

俺が訝しむと教授は腕時計でステータスウインドウを呼び寄せた。そして銀河団の画像を映す。「そうだ。滑石は宇宙と関わってくる。慣性と真逆の『滑性』を司るのだ。全ての情報とエネルギーに流動性を与え観測者の思考にすら影響を及ぼすスムーズな情報の取捨選択や柔軟な思考。円滑な意思決定。表現の」

「多様性の源だというのか!?」

「そうだ。滑石はその作用をだけだがね。モラルマシーン、いや世界線を操る技術に応用できる。これを見なさい」

彼は草生した突起を指で拭いた。皇紀二千〇●年と記されている。

「戦前の距離標 ?」

「そうだ。日本軍がレアメタルの国産化を急ぐ世界線はいくつかあったが、どこかの一つが滑性の有用性に気づいた。戦局を逆転できる」

「例えば?」

「原爆の無効化だよ。中性子の衝突を『滑らせて』連鎖反応を阻止できる」

「こいつは驚いた。ではこの俺が属する日本の世界線は滑石の実用化に失敗したとでもいうのか」

「そうなる。そろそろ気づいているだろうが、これは戦争なのだよ!」

「相手は別世界の日本?」

「だけじゃない。ありとあらゆる世界線だ。破局噴火は砲撃によるものだ。だから私は滑性を逆用して『破局噴火による日本人の大量死』をマイルドに歴史改変しようと試みた。歴史砲の効果を事実上無効化するためだ」

俺は二の句がつげなかった。

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