萌の正体/フズリナの招待
「萌、いや、フズリナの代表格。お前はどういう交渉を望んでいる?」
俺は震える手で教授の亡骸を横たえた。ステータスウインドウをダメもとで弄るが彼はうんともすんとも言わない。日一日一は永遠に喪われた。
「お父さん…」
萌は俺の呼びかけを無視して遺体に縋りついている。
「おい、フズリナ…」
「人殺し!」
彼女は泣き叫んだ。「人殺し!一億一千万殺すも一人殺すも同じなのね?」
いや、ちょっと待ってくれ。
かける言葉がない。その間にも彼女は目を腫らして怒り続けた。
「どうして人間は話を最後まで聞けないの? だからいつまでたっても同士討ちを繰り返すのよ。人間の理性を信じたあたしたちがバカだった。モラルマシーンは多数決や平等を崇拝する人間たち向けのプレゼントなのよ。正義だ邪悪だと二元論を唱えるけどそれは絶対ではなくて人気投票で決まるらしいの。多数決で共存共栄の道を決めようと歩み寄ってあげたのに」
一方的にまくし立てるが俺だって萌に言いたいことが山ほどある。
「騙し討ちに近い手口で俺をファーストコンタクトの席に引っ張りだした側にも責任がある。」
「人間は恐怖に突き動かされる。それで苦心惨憺してこうやって会見の場を設えた。武器は使えないって言ってあるし相互確証破壊も成立してるのに手が出てしまうのね」
萌はステータスウインドウのレーザーレンズを一瞥する。
「疑心暗鬼も人間の本質でな…」
今さら殺意を否定しても信じて貰えないだろう。
「ああ、お父さん」
萌は涙で袖を濡らした。
「猿芝居はもういいぞ。お前らはデータとして鉱脈に寄生してるんだろ。日一も集合意識の末端だろ。悪いが『意識をアップロードする』形で破局噴火を生き延びるなんて願い下げだ」
「それは貴方個人の感想でしょう。日一は死んだわ。貴方の怨念が上書きしたの。」
萌は父親だった有機物に土を被せた。
何とでも言え。俺は大急ぎで現状を巻き戻す。ステータスウインドウを必死で叩いた。一億一千万をどうやって疎開させ、どうやって外国人と平和に暮らすか考えた。言わずもがな。モラルマシーンが丸く収めてくれる。そう述べた。
「支離滅裂だわ。じゃあ、なおさら私を撃ち殺す理由なんて」
「うるさい!」
怒鳴りつけてやった。ああ、確かに結局は感情と恫喝と力がものを言う。だが俺に言わせれば人間がずっとやってきた事だ。大多数が納得する平均値を定め順守する。閾値から外れる値をあの手この手で近似させ最後は矯正する。モラルマシーンは慣習を賢い機械に置き換えたに過ぎない。もちろん諸刃の剣だ。
核のボタンもナイフも銃も自動車も何でもだ。良心が凶器を利器に変える。
「それじゃ自己陶酔する独裁者と同じだわ。国や有権者のためだ、と嘯く。」
「ああ、人間は闘争を上手に運用して滅びず栄えて来た」
俺はステータスウインドウに現状の巻き戻しを命じた。日一日一は死んだ。
尊い犠牲を払って得た人類の至宝。モラルマシーンを俺が賢く運用してやる。俺がモラルだ。
「…ええ…そう…当然よね…どうしましょうか…えっ?」
萌はステータスウインドウに不明瞭な独白をしている。会話の相手は誰だろう。臆することはない。俺は万能機械を完全掌握したのだ。
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