日一教授とオルクス火山
残念ながら俺は彼女ほど父に対する思慕はない。娘を亡くし妻と別れ母親を施設入所させてからは仕事が家族だった。だから原点回帰する。
「松前町の住民を含めおおぜいに痛みを強いる。だが、無辜の人々を最終的に救うのが俺の任務だ」
俺はステータスウインドウに向き合う覚悟を決めた。
「本当にそれでいいんですか?」
萌が何度も念を押す。
「ああ。作業には安全な場所が必要だ。だから
プロジェクト管理ファイルを開く。『松前!鉱物の盛り』の開幕だ。
穏やかな海と空が一瞬で燃えるような色に変わった。ドカンと漁港が激しく揺れ、船が麩菓子のようにただよう。
画面の向こうで松前町が滅びていく。木造家屋の屋根が一瞬で剥がれ、梁だけになる。そして町は溶岩流と噴煙に包まれた。その熱気は地獄のような空を通して肌を温める。
「外では凄い事になってるんだろうな」
緊張をほぐすため俺は肩をすくめた。だが、萌は浮かない。
「まるで他人事みたい。血は争えないわね」
言われて俺は凹んだ。だが、アドレナリンを燃やすために言葉を返す。
「お前――【SG】だってハリボテの火山を持ち込んだ癖に」
ひゅっと萌が息を吞む。「あれは…」
「みなまでいうな。俺は考えたんだ。橋向こうの模擬火山。あれは夢海遊園のオルクス山だろう。松前住民を驚かせるか避難訓練の大道具に使おうとしたんじゃないか? 威圧的で精神的苦痛―不幸の前払いにはなる」
日一教授も鬼ではなかったのだろう。マイルドな代替方法を模索していた。
「ええ…夢海遊園の地方巡業として地元のお年寄りや子供たちに楽しんで貰う名目でグループホームに持ち込みました」
俺はステータスウインドウを確認する。
「遊具関連の許認可は出てないな」
「ええ、産廃扱いですから」
俺は頭をかいた。「なるほど、そっちか」
そして橋脚越しにそびえるオルクスを眺める。プロパンが派手に燃えている。
この島は不可解な力で護られているようだ。破局噴火の影響は全くない。
俺は無事でいられる理由を考えてみた。モラルマシーンは自身と使用者をモラルハザードの嵐から守る義務がある。襲い来るシチュエーションのなかには地球を滅ぼすシナリオもありうるからだ。
「世界線を中和して審査員の席を安全に保つ機構を備えているようだな」
俺が解き明かすと後頭部に硬い物が突き付けられた。
「その通りだ。よくそこまで気づいた。ああ、殺傷能力はここでは機能しない。マシンに感謝することだな」
振り向くと白髪の老人がステータスウインドウを俺に向けていた。
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