量子現実と駒ヶ岳破局噴火
「…だが、待てよ。ステータスウインドウは個人情報を変更できる。それに樟葉は自分の現実に嫌気がさしたと言っていたな。何もかも偽りの歴史だと」
それに歴史修復と称して他の世界線に干渉している。いったい何が事実なのだ。誰も定義できない。それが真実だ。
だから萌も本当は俺の父親の顔を知らないはずなのだ。
「ちくしょうめ、だんだん見えて来たぞ量子現実が」
俺は萌に、自分は自分で、自分の父親は自分の父親であること――それを説明した。「俺は試されているんだ。それもゲームの駒じゃなくてプレーヤーとして」
そしてステータスウインドウのプロジェクト管理ソフトを立ちあげた。
「この画面は災害対策支援ツールじゃない! モラルマシーンの操作メニューなんだ。誰かが俺にこれを与えて、俺に考えさせようとしている」
すると萌がキョトンとする。「そんなバカな」
「いいや!」
俺は激しく首を振った。
「娘が死んだときのエピソードを思い出してわかった。現実問題として理由はどうあれ子供を見殺しにするなんて国が許すか!自衛隊を出動させてでも全力で救おうとするだろう。よくよく考えたらおかしい。過去の悲惨な災害じゃなくて、トロッコ問題の一つとして植え付けられた記憶だったんだよ!もし、これから俺があんたの父親を殺したらどうなるのか?」
萌は俺の顔を見て「いいえ」と首を振った。「よくわからない」
俺は萌に向かって言った。
「それが正解だ。この板切れ一枚と俺の指先三寸でどうにでもなるのだからな」
萌はキュッと瞳を閉じた。そしてしばらくモソモソとつぶやいた。
「聞こえない…まぁ明瞭に言えという方が酷か。かわりに質問する。あんたのお父さんはどこに居るんだい」
萌は自分の父親がいないことを隠す言葉を使った。
その言葉は俺の心に深く刺さった。そして気力を振り絞って引き抜いた。
「そうさ。父親は死んだんだよ。取り返しのつかない事になった。でなければ、たかが不倫ごときで345回も歴史改変に挑むもんか。いい加減に嘘や隠し事はやめろ」
すると、萌が小さな体を目いっぱい震わせて叫んだ。
「ハッキリ言わないで!」
そしてめそめそ泣き始めた。
彼女の泣き言を要約すると、こうだ。
21世紀の終わりに駒ヶ岳が火を噴いた。連動する形で伊達市付近の洞爺カルデラが破局噴火を起こした。それ自身は11万年前の爆発で形成され2万年前に有珠山を造った。さらに1943年に活発化して昭和新山を誕生させた。
「令和の破局噴火は900万人近い日本人の命を一瞬で奪いました。さらに続く災害で関連死を含めると1億1千万人以上の犠牲が出ました」
萌はステータスウインドウに未来の記憶を再生した。オーブンレンジに東京を放り込んだようだ。焼け跡が生々しい。
「彼も犠牲になったんだ。な?」
念を押すと彼女のウインドウが濡れた。
「うう…
俺の背筋が凍り付いた。とんでもないことだ。陰謀論的な人口削減によって不幸の前倒しや日本民族が背負う宿業を負荷分散する。
「そのためのモラルマシーンかよ!」
俺はステータスウインドウを地面に叩きつけた。
萌はそれを大事そうに拾った。
「だからこそ、345回も挑んでるんです。日一に生き返ってもらわないとモラルマシーンの停め方がわからない」
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