戦慄のモラルマシーン
萌は恐るべき真相を語り始めた。それはトロッコ問題を拡張した『モラルマシーン』という更に厄介な命題だ。
経産省には鉱山事故を監督する産業保安グループとは別に商務・サービスグループ【MS】が存在する。車の自動運転を手掛けるチームが【SG】と会食した際にこんな話題が出た。
「どうしても一人以上殺さなくてはいけない場合、どのように犠牲者を扱うか」
彼らは無人運転の実用化に向けてトロッコ問題の決着を迫られていた。
例えば、煽り運転の追突事故を避けるために加速した。前方にバイクがいる。衝突は避けられない。ライダーはヘルメット装着済み。
追突されるべきかバイクを轢くか、どちらを選べばよいか。
あるいは橋を走行中に前の車が急停止した。積み荷は新型のワクチン。
追突すれば二台とも海に落ちる。ハンドルを切って自分の車を落とせば相手は助かるが助手席に乗っている身重の妻が死ぬ。
どちらを優先すべきか。
回答の選び方によってはヘルメット装着が危険になったり、夫が殺人鬼になったりする。
【MS】は【SG】に助けを求めた。かつての鉱山事故で無辜の子供たちを殺した決断力はどこから来たのか。
【SG】は返答に窮した。あの時は選択の余地がなかったのだ。
「では、坑道に残された子供たちが人類の危機を救う天才児ばかりなら助けたか?」
反論されて【SG】のメンバーは「状況による」と苦し紛れに言った。
結局は好みの問題か。
それならば生殺与奪に多数決を採用するしかない。
【MS】はモラルマシーンという機械を試作した。
自動運転車を用いた人工知能の道徳的な意思決定に関して、人間の視点を収集するためのプラットフォームを用いて世界中からアンケートを集めた。
少子高齢化が進む国では高齢者より若者を優先すべしという意見が多数を占め、貧富格差が極端な国では貧乏人を蔑ろにしてよいという結果が出た。
これらをAIがまとめ、モラルマシーンは最大公約数が求める道徳を育んだ。
「それだけなら、二重人格の走る凶器が誕生した、で話が終わる」
決定打が足りない。
「俺の親父が絡んできた?」
ずばり指摘すると、萌は目を丸くした。
「そうよ。貴方のお父さん。【MS】の量子科学技術研究開発機構に努めてる」
「なるほど、それで点と線がつながった。生きていれば90近いが、その機構…もしかして、ステータスウインドウの製造元じゃないか?」
萌は端末をコツコツと叩いた。
「ええ。量子テレポーテーションを応用して世界線を操る技術がある。この端末は歴史を編集する。個人情報も…」
「トロッコ問題を実地で検証できるな」
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