バスの時間が問題だ
しかし、これは現実だった。
「なぜ?」と萌。俺は振り向きもしなかった。「松前から木古内駅までバスで何分だ」
「松前に住むのですか?」
萌の声がうわずる。
「いいから、答えろ。出来るだけ詳細にだ」
俺には声を荒げる理由があった。
「松前はバス停が目の前にあります。その代わりに駅、バスターミナルの近くです」
周辺情報はあっている。それなら土地勘のないよそ者の知識を点検してやろう。
「お前たちは新千歳から松前までの長旅だったはずだ。どれぐらいかかった?」
「からかっているのですか? 松前までの往復バスなら片道26分だって…」
俺はそこで遮った。「ウソつき。木古内から函館バスでも一時間半はかかるぞ。正直に言え、お前たちは何者で何処から何の目的で松前に来た」
重苦しい沈黙が漂う。ステータスウインドウの表示時刻にして数分だろうか。樟葉が口を開いた。
「松前に来たのは、現実が気に入らないからです。私の知ってる場所も、歴史も、昔から何もかもが全て偽物だったのです。しかし私自身まで作り物だなんて嘘です。私はここにいる」萌は俺の顔をのぞきこんだ。
「ここにある作り物の火山、あれは嘘とは思えない。じゃあ、何だ」
俺はこいつらが人類とは不連続な進化系統樹に属すると考えた。
「…貴方は憶えていないでしょうが、これは萌を守るための戦いでもある。346回目の
萌は彼の方に向き直り、眉間にしわを寄せた。
「私は貴方の言った通りに行動を、変えました。それに、あなたが彼を連れていく価値は無いじゃない。あなたはこれからここで、自分のためだけに余生を使えば良いんです。私はここに必要以上の存在なの。だから、あなたが彼を渡してくれるなら、ここで少しだけ力を分け与えましょう」
萌の言葉を聞き俺はなぜか涙がこみあげて来た。俺の記憶は編集されているらしく二人の関係や経緯は知らない。ただ潜在記憶までは改竄できないらしく、俺が萌と特別な因縁がある事だけは身体で感じ取れる。
彼女は俺の目を見て「これが私の本当の気持ちなのよ」と言った。そして樟葉に意味深な事を言った。
「今までずっと一緒にいたのに、これからは違うんだ。私に力と勇気を分けてよ。これ以上あなたに頼ることはないわ」
「お受けします。その代わり、俺は彼女の名前を決めたいと思っています。彼女がこれから生きていく上で必要な力だと思って欲しいので。そして、いつか自分の名前も名前を決めたいと思っています」
樟葉は自分と俺のステータスウインドウを並べた。Bluetoothでリンクする。
そして彼のステータスウインドウが本名の入力をうながしている。
すこしだけ思い出した。インストールされているのはただのプロジェクト管理ソフトじゃない。歴史を編集するソフトだ。そして理由はよくわからないが、二人の氏名を含めアクセス権限は俺が握っているらしい。
「分かった。この人の名前は――」
「私だ」
その時、彼の携帯が着信音で鳴った。
「これはどういうことだ?!」
樟葉は携帯に噛みついている。
「どうしたんだ、樟葉。ん、メール?」
俺のステータスウインドウに着信表示が灯る。添付ファイルが一通。
いっぽう樟葉は対応に追われている。
「…悪い、遅くなった。今からまたこの場所で戦いになるわけだ。お前はその時に、ここが分かると思う。いつか、私がふたたび現れた時、この場所に居るはずだ。しかし、今回ばかりは厳しい。もしもの事が来た時、私たちの手で止めることはできないだろう。お前は絶対に彼の言うことを聞いて戦うんだ。お前は、決して死なせやしないから」
電話が切れた。頃合いを見計らって俺が問う。
「電話の相手は誰だ。まさか、も…」
「萌だ。別の時間軸の」
彼は俺にそう言い残すと走って行った。
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