疑惑の擬岩
「引き揚げよう」
ヤバいと感じ俺は二人に撤収を指示した。どのみち長居は不要だ。状況はあらかた把握した。会社は木古内に前進基地を、函館に現地災害対策本部を設けている。リラックスできる宿が必要だ。萌が【SG】に問いただしたところ東京から押し寄せるメディア対策だそうだ。それらが住民避難の妨げになるという。とにかく俺たちは急いだ。つづら折りの登り階段は心臓が破れそうになるほどきつい。そして踊り場ごとに揺れを感じた。何らかの地殻変動が起きている。萌が力尽きた。へたり込んであられもない格好をしている。「どうして山にスカートなんか履いてきた?」
転倒事故や落盤の危険がある場所に非常識も甚だしい。萌は肩で息をしながら呻いた。
「時間がなかったのよ。ほんとは私たちアパートの鍵を受け取って彼の実家にいく予定だった。羽田からここに来たの」
「婚約してたのか。しかし、おめでとうはプロジェクトが完了してからだ」
他人の恋路を邪魔する気はないが危険にさらされる松前町民にとっては野暮用だ。
萌に肩を貸して先を急いだ。しかし俺たちは駅に戻ろうとして壁に阻まれた。
「まだ中に居るんだぞ!」
俺は対策本部に生存を表明した。すると「避難誘導は地元自治体に任せて問題解決に専念しろ。必要な機材、人員はこちらの判断で派遣する」、という。
樟葉は肩をすくめた。「あんたの始めたプロジェクト、進めるしかないでしょう」
そうは言ってもこの雄大な地下空洞に火山が聳え立つ事態をどう扱えばいいのか。
「お前らの端末を借りるぞ」
俺はステータスウインドウをドローンがわりに飛ばした。地質調査に関しては餅屋に任せる。萌は中継画像を見るなり凍てついた。光学解析によれば表層は石灰岩が占めている。溶岩が冷え固まった火成岩とは明らかに違う。
「これは
渡島半島には駒ヶ岳火山があるが松前付近のマグマ上昇はあり得ないというのだ。気象庁の火山観測データにアクセスした。異常振動や圧力情報など予兆は未報告だ。
「見落としだろう。だいいち、あんな大掛かりな噴火をどうやって?」
俺は火口の空撮映像を確認した。令和新山は東西二つが連なる。東は徳利状の火口、西は円錐状のドームを持つ。そして今もドカンと地面を揺らす。
「あなた、ロクに家族サービスしてなかったのね」
萌が両腰に手をあてて睨む。
「何だ。棘のある言い方だな」
俺はムッとした。
「爆発はアトラクションよ。娘さんを連れていってあげたことはないの?」
画面の大気成分データ表が心に刺さる。C3H8。プロパンガスが検出されている。
返す言葉もない。
「仕事に私語を挟むな。しかし、こんな施工を誰がする? 遊園地の造営なら守秘義務で緘口令を敷けても許認可申請までは隠せない。政府は全面協力すると言ったな?」
樟葉に建設関係の公文書を探させた。松前駅周辺の大規模工事に関する届け出はみあたらない。「地元に廃業した特別養護老人ホームを転用する計画があるだけです」
「余計な検索はしなくていい」
俺は無駄な作業をたしなめた。しかし、どこかひっかる、
「介護施設か。まさかレクレーションにこんな投資をするはずもない…」
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