1-4

 毎週毎週、彼の姿を見るために苦手な早起きをした。父親を起こさないように音を小さくして、膝を抱えてみていた。カイリを後ろから抱きしめて、一緒にテレビを見る人がいた。


 背中に柔らかな温もりと、心臓の鼓動まで思い出してしまい、カイリは慌てて首を振る。


「考えない考えない! どうしようもないことは、考えないんだ!」


 目をキツくキツくつぶっていると、足首に、濡れたモノが触れた。

 ビックリして体を強張らせたカイリは、一対の瞳と出会う。


 それはラムネの瓶の中を泳ぐ、ビー玉のような。


「お!?」

「うみゃ!!」


 灰色のもしゃもしゃした猫が、警戒して体を引く。顎を地面につけ背中を反らせながらもまた、カイリの足をふんふん、と嗅いでくる。

 グリーンがかった、薄青い瞳は綺麗だった。

 しかし黒い鼻の辺りはへしゃげていて、尻尾は変に短く、毛並が悪い。


「ブッサイクな猫~」


 カイリが思わず笑ったら、灰色猫は、ナアァァと怒ったように鳴く。カイリはきょとんとする。


「へぇ。お前、人の言葉が分かるのか? ……ごめんな、ブサイクなんて言ってさ」


 カイリがしゃがみ込むと、灰色猫は後ずさる。ふーっと唸って、しっぽを箒のように太くしている。すっかりご機嫌を損ねてしまったらしい。


「そう怒るなって! うん、まあ、良いと思うよ? お前の瞳は、ラムネのビー玉みたいに綺麗だし、短い尻尾は……えーと、チャーミングだっ」

 なんとなく言い訳をしていると、後ろから、カイリ! と花音の声が聞こえてくる。


「……げ、追いついてきやがったっ。じゃあな、ブサ猫。次に会うときは、ニボシを用意しておいてやるよ!」


 カイリは今日一番の全力疾走である。

 びゅうびゅうと、湿った風に逆らうように、前へ前へと駆ける。

 目の前には誰の姿もない。青空が清々しかった。

 なんとなく、正義のヒーローみたいな気分になる。誰かを助けるために、今、自分は走っている、みたいな。

 そんな楽しい気分は、学校の駐車場が見えてきて、急下降してしまう。


「まーた、つっまんない一日だ。なんで学校なんて行かなきゃいけないのだろう……」


 思わずボヤいていると、低い怒鳴り声が耳に飛び込んできた。


「誰だ! こんなことをやったのはっ」


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