1-2

「花音! お前、いつからついてきてたんだよっ」

「カイリがアパートから飛び出していったとき、から?」


 カイリとは生まれたときから同じアパートのお隣さんで、兄弟同然の間柄なため、花音は物怖じせず返答してくる。

 そのことが、カイリを苛立たせる。


「っ……勝手に、ついてくんなよ!!」

「なにを言っているの? 同じアパートで同じ学校なんだから仕方ないじゃない。それより……」


 花音は当然の顔で、カイリの隣に並んで歩く。


「お父さんと、どうして喧嘩をしていたの? うちまで声が聞こえてきたよ?」

「勝手に聞いてんなよっ」

「だーかーら、アパートが隣なんだから、聞こえちゃうのっ。もう、なにをそんなにまた怒っているのよ」


 カイリは唇を尖らせしばらく沈黙した後、カバンと呟いた。背中のペシャンコな黒いランドセルを、忌々しそうに叩く。


「これ、ボロボロだろ。新しいカバンを買ってくれって、父に言ったんだ。そうしたら、隠してた赤点のテストを目の前にだしてきて、これは何だ? って言われた」

「……あー」

「うちは貧乏だから、みんなみたいに塾に行っていないし、点数が悪くても仕方ねーじゃん。そう言ったら、テストを隠すこと自体が男らしくないって、デコピンしやがって……」


 おでこを撫でるカイリを、花音はため息まじりに見ている。


「お父さんの言うとおりじゃない。隠すなんて、男らしくないわ」

「……うるっせーなっ!」


 花音はカイリより三日早く生まれた。たったそれだけなのに、妙にお姉さんぶってくるとカイリは常々感じている。

 花音は運動会のかけっこではドベだし、先生に質問をされても、もじもじして満足に応えられない。それなのに、どうして自分には反論してくるのか。


「花音、ついてくんなよ! 男は女といっしょに、学校に行ったりしないんだ!!」

「なに言ってるの? 少し前まで、いっしょに行っていたじゃない?」

「それは……」

「最近のカイリ、おかしいわ。なんなのよ?」


 カイリは花音の真剣な瞳に目を泳がせると、歯を剥きだしにして怒鳴った。


「……う、うるせーなっ。俺のことなんて、死んだと思って放っておけよ!!」


 カイリは走った。

 爪先に力を入れて、地面を蹴る。蹴る。蹴る。

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