第37話 取り戻せた手甲。
そしてその後はステイブルと消失の話になった。
ロキはステイブル自体をキチンと知らないので丁寧な説明を求められた。
ミチトはかつてスードにしたようにオーバーフローを引き起こしたダンジョンが残るか消えるか隔てる条件がある事を説明する。
「期間内にダンジョンの規定値に到達するだけの命が散る事?」
「ええ、魔物でも人でもです」
「それを期日内に達成できないときはダンジョンが消失をする?」
「はい。その通りです。
だからある種ラージポットは理想的な空間です。
壁の内側だけで事が済むならオーバーフローが起きてもステイブルか消失が起きます。
仮に壁を破られても1日や2日じゃ破れない。
他の街に被害が出る前に消失で魔物達も消えます」
「…それを見越しての壁なんだね」
「ええ、多分国営図書館にあった古代語の予言書にダンジョンの発生について書かれていたんだと思います。
こんな事なら読んでおけば良かった」
「写本を尊い方にお借りしますか?」
「無駄ですよ。誰の意思なのか写本は真実をねじ曲げられたんですから。それでも写本の翻訳をしますか?」
「ええ。明日からここに通って翻訳をしてください」
「わかりました」
その後は荷物の話になる。
突然立ち上がったスードはミチトに深々と頭を下げる。
だがミチトはそれを見ても驚かない。穏やかな表情だ。
「今のでわかりましたよスードさん。全て燃やされていたか、売り飛ばされたか破壊されていたんですね?」
「お前…なんで?」
何でわかるんだよと言う顔のスードに向けてミチトは口を開く。
「きっと奴が…マンテローが裏で手を回して主導したんだと思います。
なんとなく覚悟は出来ていましたから謝らないでください」
そう笑うミチトの笑顔を見たスードが申し訳ない気持ちになる。
荷物を出しながらスードは大家がミチトを心配していた話、R to R相手に家賃の残りがまだある事を理由に荷物の引き渡しを拒否したら夜中に扉が壊された話をする。
「大家さんには悪い事をしたな…。お金も大家さんに使って貰いたかったのに…」
ミチトが忌々しそうに話す。
「それに大家さんは取り立てに来た奴が前にお前を羽交い締めにした奴と主導した奴だって見覚えがあったから拒否してくれたんだそうだ」
「サブリーダーとマンテローですね」
それを聞いたミチトが目を瞑って吐き出すように名前を言う。
前にスードに聞かれて答えたように本当に名前を言うと魂が汚れると思っているようだった。
「羽交い締めってミチトは何をされたの?」
リナが心配そうにミチトに聞く。
「つまらない話ですよ。
俺に古代語と古代神聖語を教えてくれた先生が死ぬ前に古代語と古代神聖語で残してくれた手紙があったんです。
その依頼の存在を知ったマンテローが先生の奥さんの所に行って手紙の存在を知り、奥さんから「手紙を焼き払って欲しい」と言う言葉を、嫌がらせの為だけに破格の二束三文の依頼として引き出したんです。サブリーダーには遺産や財産なんかの隠し場所が記されているかもしれないって煽動してうちまで俺を羽交い絞めにして押しかけてきて先生がくれた手紙を奪って行ったんです。そして次の日何の変哲もない文章だったと言ったアイツは仕事だから仕方がないと言って俺の目の前で手紙を焼きました」
そう言って話すミチトはいつも辛い過去を話す時みたいに笑っていなかった。
恐ろしいまでの無表情で「あの時どうなってでも殺しておけば良かった…」とポツリと漏らす。
「先生の手紙?」とリナが青ざめた顔でなんとか聞き返す。
「ええ。もう余命いくばくもない先生がフォークも重くて持ちたくないと言っていたのにペンを持ってなんとか震える字で休み休み書いてくれた手紙です。
もう燃やされてこの世には無いけれど手紙は今も俺の中にあります。
貰った時に毎日読んだからキッチリ覚えている。だから平気だよリナさん」
ようやくここで困り顔で微笑むミチトだったがリナはロキやスードの前なのに「バカ!だから我慢しちゃダメだよ!怒りなよ!泣きなよ!」と言ってミチトの手を取って詰め寄る。
だがミチトは「昨日も言ったけど、俺の周りには泣くと喜ぶ奴と怒る奴が居たから人前じゃ泣かないよ」と言って笑う。
そう、ミチトの唯一の反撃がこの笑顔なのかもしれない。
リナはなんとなく答えに近づいていた。
「取り戻せたのはこれだ」
そう言ったスードの方が泣きそうな顔をしている。
「スードさん?」
ミチトがギョッとしてスードの名前を呼ぶ。
「お前が泣かないから俺が代わりに泣いてんだよ」と声を荒げた後で「済まない!これしか取り戻せなかった。しかもこんなにボロボロなんだ!お前の言う糸目も申し訳ないって謝っていた!」
スードは頭を下げてミチトに謝罪をする。
ミチトは一つずつ手に取って確認をしながら話をする。
「本や服は市販品ですからそのうち余裕が出来たらまた買いますから平気ですよ」
ミチトがスードの肩に手を置いて「わざわざありがとうございます」とお礼を言う。
スードは何も言えずにただ首を横に振る。
ミチトは年代物だが綺麗な手甲を手に取ると「師匠の手甲…無事だったんですね」と言って顔をほころばせる。
「ああ、片手だけだから価値が無いって盗まれていなかったよ」
ようやく綺麗な状態のモノを渡せたスードは嬉しそうに報告をする。
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