第36話 首輪。

「リナ?」

「はい?」


「リナは半月くらいミチト君と暮らしてどうでした?」

「サイコーです。私はこのままアタックをやめて大鍋亭に住んでもらいたいです!」


「リナさん…」

「ミチト君は随分と気に入られましたね」

リナを見たロキがミチトとスードを見る。

ミチトは困惑と嬉しさの混じる顔で、逆にスードの顔は引きつっている。それを見たロキは満足そうにする。


「でも大鍋亭は飲食店。熊と狼は飼えない」とロキが言い、「ミチトをアイツらから引き離すのもまずい」とスードが言う。


「ええぇぇぇ、そこを何とか…」

リナが困り顔で階下の狼達が居る方角とミチトの顔を見て困る。


「ええ、何とかします」とロキが言う。


「ロキ様!」と喜ぶリナと「え?」と驚くミチト。


「私の権限で大鍋亭の裏の民家を買取ります。

まあ元々権利は私にありますので買い取ると言うより、今住んでいる人には違約金を払って更に同条件は無理でもマシな条件の家を用意して移ってもらいます。

そうしたらその民家の一階を改築して狼と熊の住まいに充てます。

ミチト君は二階に住んでください。リナはミチト君が不在の時は狼と熊の世話をしてください」

この言葉にリナは「はい!!」と喜び、ミチトは「…はい」と暗めの返事をする。


顔つきを見て心配になったスードが「嫌なのか?」と聞く。

ミチトは「ここまでして貰うとなんかもう心苦しいだけです」と肩を落とす。


「良いじゃない。ありがとうロキ様!って言っておけば良いのよ」

リナが明るく言うとミチトは諦めた顔で「はい。ありがとうございます」と言った。



「それでひと月半の意味は?」

「諸々ありますが、まあこの点で言えば狼達に兵士が慣れるまでミチト君は巡回に付き合ってください。後は約束を守っていただきたい。例の本を翻訳して欲しい」

ロキは18日前の話を持ち出してきた。


「翻訳の期間がひと月半なんですね」

「はい」


「ミチト?本って?」

リナが不思議そうに聞いてくる。


「あー…、ロキさん、少し時間をくれますか?」

「ええ、どうぞ」


そう言われたミチトは左右を向く。

「リナさん、リナさんはダンジョンブレイクまで国には帰れない?」

「あー…どうなんだろ?でも帰る気はないよ。帰っても治療が受けられないマテが困るしね」


そのまま反対を向くと「スードさん?もしかしなくても転職は無理ですよね?」と聞く。

「そうだな。この通りだ。俺はロキ様の領民だから領主様を置いて逃げられん」


もう逃げ場は全て封じられた。

ミチトはそう思っていた。


「ロキさん。この2人が居ても良ければ話します」

「おやおや、良いのですか?」

ロキが人の悪い顔で意外そうなリアクションを返す。

白々しいとミチトは思っていた。



「この状況を狙ったくせに良く言います。狼達もスードさんもリナさんも俺の首輪ですよね?」

忌々しそうにロキを見ながら言うミチト。


「私も君の首輪のつもりですよ」

ニコニコと答えるロキ。

確かにミチトはこれだけ知り合ってしまった人を切り捨てる事は無いだろう。


「くそっ…」

ロキに悪態をつくミチトの顔は怖い顔だった。

スードとリナが緊張する。


「ロキさん、先に言いますけどあなたもイケニエですよ?」

「ええ、なんとなくそんな気はしていました。確証と打開策が欲しくてこう動いています」


「イケニエ?」

「何だそりゃ?」

話の見えないリナとスードはミチトとロキの顔を何べんも見る。


「2人には後で説明します。ロキさん、今は先日少しだけ話したオーバーフロー条件、それとステイブルと消失の話をすれば良いですよね?」


「ええ、よろしくお願いします」



ミチトは写本に記されていなかったオーバーフロー条件を事細かに話した。

不確かだがバースしてから大体10年の時が過ぎる事。

地表に出た魔物が一定時間を生き延びる事。

そして記されていなかった討伐数が一定数を超える事。


「一定数を超える?」

「ええ、本には数までは記されてはいませんでした。推測だとダンジョンの規模によって変わります。でも今日までの討伐数なんてわからないし、もしかしたら身体の大きさなんかで決まるのかもしれない。だからそれはわかりません。それに倒さないで地表に出られてもどの道オーバーフローですよ」


そしてオーバーフローを抑える方法も記されていると話した。


「そんな方法があるのですか?」

「ええ、ある意味ラージポットはそれを見越した作りです」

ロキはオーバーフローを抑制できると聞いて嬉しそうな顔を見せる、

ミチトはそれすら気が重かった。


「魔物以外の命がダンジョンの範囲内で死ぬ事です」


「は?」と間の抜けたロキの返事。

聞き取れなかったのではなく驚きだろう。


「ラージポットは街としてもダンジョンとしても正しいと思います。生きていれば人は死ぬし家畜も死ぬ。その命が抑制に繋がります」


そう言われたロキは青い顔をした。

恐らく恐ろしい事を考えたのだ。

万一オーバーフローの兆しが有ればオーバーフローを抑える為にラージポットで虐殺を行う必要がある。

それはロキが決断をしてスード達に指示を出す。

まだラージポットの西側なんかに住む証拠のない犯罪者、流刑地ですら犯罪を犯す者を殺すだけなら気が咎めないがラージポットで生まれた命もある。

早いものでもう5歳になる子供だっている。


「ロキさん。それを決めるのは今ではありません。俺は平等なんてものがこの世にない事を知っていますよ。あなたは貴族で1番偉いが神でも聖人でもない」

それはミチトなりの励まし。


この会話が分からないほどリナは馬鹿ではない。そしてスードは一度ミチトから聞かされている。


「リナさん、スードさん。俺はできるだけ2人や2人の大切な人を守るよ」

そう言ってミチトが笑顔を見せる。

2人を失うくらいなら手を汚すと言う笑顔。


「ミチト…」

「お前…」

言葉を失う2人にミチトはもう一度微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る