第32話 村長の孫。

「祖父はアラリー山脈に村を作れそうな場所を探してきて、一族をまとめ上げて村を作った人として一族から尊敬されていましたが母はそうでもありませんでした。母は愚かだったのでしょう。尊敬をされる祖父の娘と言う立場を誤解していた。そしてそれに付いて回る結果と現実を見て思い知った。だからスティエット村が嫌いだったんだと思います」


ミチトは抱きつくリナを腕枕をして抱き抱える形のまま優しく語りかける。


「そして母は外から来た父に外の世界に特別な感情を抱いて若くして俺を生む。

当時、一族の結束は固く結婚をするにも祖父や周りの老人達の許しが必要だったそうです。

父と母はそれを飛ばしてロマンスに身を投じてしまったので、村のつまはじき者だった。

父という異分子はそんな結束に耐えきれずに村を後にします。

そして母は父が居なくなればチャラではなくてその後もつまはじき者だったんです。

それで耐えきれなくなって俺を捨てました」


「じゃあ、ミチトはお母さんもお父さんも顔を知らないの?」

「いえ、父は知りませんが母は知っていますよ。それから俺は祖父母に育てられましたが、喜ばれる存在ではないから…。

ごめんなさい。もうやめましょう」

ミチトは長くなるし良い話は一つもないからとリナに言って話を区切る。

リナは深呼吸をした後で「言いたくない?」とミチトに聞く。


「嫌われたくありません」と言って笑うミチトに「そんな事しないよ!」と抱きついたリナが力を込める。


「ありがとうリナさん」そう言ってはぐらかそうとするのを察したリナは「話してよ」と言う。


「じゃあもう少しだけ。

近親婚を行っても子供は弱くなりますよね?だから村に人を招く必要はあった。

母親世代の若い連中は外に出稼ぎに行って数年で帰ってきます。

そしてその時にパートナーを見つけて連れてくる。

そのパートナーがスティエット村を喧伝して村人は増えるんです。

それで、さっきのいじめの話になるんです。

移住者は戦争が嫌で家族で来たり、子供がいじめられて居て争いの無い村を目指すスティエット村に憧れて来たけど、イジメられた可哀想な子って言うのは親の色眼鏡で、スティエット村に馴染もうとしない子供たちは子供の世界で自分のルールを押し通していたよ」


「そっか…。でも人が増えるのがお爺さんの願いだったんだよね?」

「ええ、一族だけでは滅びますからね。ただ、スティエット村の…祖父が信じた理念はあっという間に消え去りました」

「理念?」


「性善説です。人は善人だからキチンと理性を持って相手を思いやれば争いは起きない。人の為に尽くし合う事で皆が幸せになる。1人はみんなのために、みんなは1人のために。そして暴力は何も生まないから非暴力で生きる。そんな理念です」

「素敵な理念だね」


「…絵に描いた理想論ですよ」

「ミチト…」

ミチトの声はとても怖かった。


「すぐに周りは本性を出してきた。俺を忌子…忌まわしい子供にしたんだ。

自分達は母が作った前例を利用して、老人達の許可を得ずにパートナーとスティエット村に戻ってきて子を成すのに母だけがダメという理屈を振りかざす。


祖父母や母、親戚達の目鼻立ちはそれなりに整っていたのに、多分顔も知らない父親のせいだと思いますが、俺だけ目鼻立ちが整っていなくて「お前の見た目は酷い、スティエットではなくて拾われた子」だと言われた。多分始まりはその言葉じゃないかな?

その後は親族会が開かれる度に酒の入った親戚達が俺をどれだけ貶せるかで競い合うんですよね」

リナは先日ミチトが話していた内容を思い出した。

この言葉にはここまでの意味が含まれていた。

そう思うと何も言えなかった。


「…」

「リナさん、ごめんね。やめよう」


「続けて」

「……その中で父と母の事を言われて「だからお前はまともな恋愛も結婚も出来ない」と断言されたよ。

そして沢山言われ続けた。

言う度にアイツらの中でそれが真実になっていく。

そうして決めつけられた俺は何一つまともにできない醜い忌子になった。

そしてそのうちには祖父達も俺に合わせて周りから軽んじられるようになった。

祖父は決めた事はやり切る人だったからか利用されていても最後まで理念を信じて皆に尽くしていたよ」

…これが後ろ指をさされる事に耐えられなかった事だったのか。

心が弱くて耐えられなかったのでは無い。

もう限界まで耐えているからこれ以上後ろ指をさされたくなかった。

どれだけ辛いかを知っているから飲食店のオーナーに味わって欲しくなかったから身を引いたんだ…。

リナはここで気付いて手足が汗ばむ。


「…お爺さんは?」

「俺が7歳の時に死んだよ。その後は親戚達が助け合いと言って持ち回りで俺を夕飯に招くんです。

でも良い話ばかりじゃなくて、親戚達も子宝に恵まれていたからその世話とか皆のお兄さんと言った立場で使われるんだ。

子供達は面倒を見るから「お兄ちゃん」とは慕うけど誰も俺の立場をおかしいとは思わなかったし、人一倍大人に使われていても助けようとしたり意見をしたりする子は居なかったよ」


「…周りの人達は親になって考えを改めたりしなかったの?」

「改めるどころか、皆がそれぞれ好き勝手言うんだ。

絵は1人の子がうまい、勉強が出来る、足が速い、それぞれの子供の持ち味と俺1人を比較しては「お前はダメだ」って言われたよ。

それどころか「ウチの子はミチトより絵が上手なの」「うちの子はミチトより足が速いわ」「それならうちは勉強をさせているから頭では勝つわ」って自慢して張り合っていたよ。

俺もあの頃は性善説を信じていて何もわかっていなかったから、絵で否定された日に絵を綺麗に描ける子が苦手だった足の速さで必死に言い返すと別の親戚が「足はウチの子が速いんだからそれくらいで威張るな」と頭ごなしに否定されたよ」


静かに聞いていたリナが「ミチト…」と震える声でミチトの名前を呼ぶ。

リナは泣いていた。

まだ7才やそこらで大人たちに嫌な事を言われている過去を話しているのに表情は暗くなることもあるが、抑揚もない淡々と説明するミチトにリナは悲しくなっていた。

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