第31話 リナの過去、ミチトの過去。
その顔が物凄い顔だったのでリナは驚いて「ごめんね。知らなかったら押し倒そうかと思ったんだよ」と言うとミチトが「ダメですよ」と言う。
「なんでだい?私が嫌かい?年齢かい?」冗談交じりに聞くが実際、ラージポットでは美人と評判のリナがこうまでそっぽを向かれているので、つい理由を聞いてしまう。
「違いますよ。俺の問題です。俺が変わってしまう。
リナさんとの距離感を保てなくておかしくなってしまいます。
間違いなく俺に足りない何かをリナさんに求めてしまう。…だからダメなんですよ」
ミチトが真剣な顔で自分の状況を説明する。
変わる事の何がダメなのだろうか?変わったら元に戻れないのだろうか?
リナはそう思って黙ってしまうとミチトが心配そうに「リナさん?」と名前を呼ぶ。
「聞きたい。ミチトがどうしてそう思っているのかを聞きたいよ。でも今日は私の話を聞いてもらいたい」
「はい。聞きますよ」
「ミチトの本心は?言いたい?聞きたい?」
「リナさんの事なら聞いてみたいです」
「わかった。今度はミチトの事をもっと教えてよ」とリナが言うとミチトは「はい」と答える。
「私達はここから馬車で5日くらい西にあるサミアって土地の生まれ。
スードもロキ様もそこの生まれだよ。
私達はずっとディヴァント家の領民でさ。
ロキ様がトーシュ王からここにダンジョンのバースがあるはずだって言う理由で壁と街を作るように言われたのが12年前。
領民に募集をかけられて、私はロキ様から直々に「街には飲食店が必要だと思うんだ」って言われてスカウトを受けて来たんだよ。私の事はスードがロキ様に説明していたからね。スードってあんなだけど若くしてお屋敷に雇って貰えたんだよ。それで年が近いからって事でロキ様と一緒に行動をしていたの」
ミチトの先日の疑問は晴れた。
ここにダンジョンがバースする事を王様は知っていた。そして12年前から備えていた。
ミチトは思わず「12年…」と言っていた。
「ふふ…驚いた?16歳の私はすごく悩んだけど家族の為に選んだの。
私の為にロキ様が提案してくれたのはラージポットの稼ぎの半分を換金してサミアに住む家族に仕送りをしてくれる事と毎月妹に一定の医療をしてくれる事。
妹のマテは身体が弱いの。だから両親に楽をしてもらいたかった。
そして庶民では受けられないような高度な医療をマテに受けさせてあげたかった。
それに古い友達のスードも来るって言うから付いてきたの」
「妹さん…」
「うん。変かな?」
「いえ、すごくリナさんらしいです。それを聞いて良かったです」
思わぬミチトの回答に驚くリナは「え?」と返す。
「今、もしここで俺とリナさんが男女の仲になっていたら俺は踏み込みすぎて、全ての技術を駆使して足りなければリナさんの為に新しく何かを学んででも妹さんを治そうとしてしまうと思うし、ダンジョンアタックを辞めて大鍋亭に腰を据えてしまうところでした。今はギリギリ踏み止まれている俺がいます」
「ミチト…」
「リナさんはスードさんとは付き合っていないんですか?」
ミチトは一瞬踏み込んでしまっていたのだろう。普段なら聞けない質問をリナにしてしまう。
「向こうにその気はないさ。アイツは私がここに来たのはマテのためだけだと思っているさ。
それに私自身変わったんだと思う。初めの頃はスードが任務でラージポットを離れる度に身を案じていたけど毎回無事に帰ってきてくれてそれが12年。もう慣れちゃったよ」
「そうですか」
「ああ、そうさ。だからするかい?」
そう言って目を瞑ってキスをせがむようなポーズをわざとするリナ。
目を瞑っているからミチトの表情は見えないが小さく嬉しそうに「ふふ」と聞こえた。
その後でミチトが口を開く。
「俺自身、変わってしまう俺が怖いし、変わってリナさんに嫌われるのが怖いからしません。代わりに何か話しますよ。彼女だった女性にもした事もない話でもなんでも良いですよ。信頼の証と言うか行為の代わりと思って貰ってもいいです」
その言葉を聞いて目を開けたリナが「嬉しいねえ。ありがとう。じゃあさ、話したくない事だけど話したら楽になりそうな子供時代の事とか話してよ。楽になるよ?」と言って笑う。
「良いんですか?楽しくないですよ?」
「良いんだよ。ミチトの事を知りたいんだよ」
「ありがとうリナさん」と言ってミチトが一度深呼吸をして話し始めた。
「つまらない話です。全世界共通の話ですけど世界中でイジメってありますよね。
イジメって子供達に向かって親達や大人達は皆ダメだと言うけれど、考え方も価値観も違うのに近くに住んでいると言うだけで、同い年であるだけで広場で遊んでいるとどうしても繋がりが生まれてしまう。
大人なら嫌な奴とは関わらない。離れる。別の趣味を持つ、色んな方法があるけれどそれがないまだ世界が狭い子供達の中では下らない争いや嫌悪感とか対抗心から弱肉強食が生まれてイジメが発生するんですよ。
それに関して大人も親達も無責任なんですよ解決できない事を知って居ながら子供達にイジメはやめろと丸投げをして放置するんです」
何とも重たい話題だった。
リナは言われてみて色々な事柄を考えていた。
確かにそうだなと思っているとミチトが「リナさん、イジメられて居た子供達だけを集めて逃げ場を作って集めてあげたらどうなると思います?」と聞いてきた。
突然の質問に驚くリナは「難しいね。でもイジメられて来た子達なら皆で仲良くやれるんじゃない?」と答える。
数秒してミチトが「違うんですよリナさん」と言った。
「またその世界でイジメが起きるんです。イジメられた子の大半はイジメられた子なだけでイジメが出来るのならしたい子達なんですよ」
「え?」と驚いて聞き返すリナに向かって「俺の住んでいた土地はそうでした」とミチトが畳み込む。
「愚かな母親達は「ウチの子はイジメられて居た心の優しい子なの、仲良くしてね」と寄ってくるけど子供は虎視眈々と序列を見るんです。
逆にイジメられたからこそその立場になりたくない子供は必死にイジメられる側からイジメる側に行きます。殺し合いの椅子取りゲームに近いです。人はここまで変わるのかと思いました」
そう言ったミチトの顔が何とも言えない、怒りと絶望と哀しみに満ちていた風に見えた。
「ミチト…」
「ごめんなさい、つまらなすぎましたね」
ミチトが別の話をしましょうと言ったのだがリナはそれを止める。
「教えてよ。ミチトに何があったの?どうしてミチトにはそんなに悲しい話が多いの?」
「リナさん…」
「私はミチトの事を知りたいし信じている。だから話してよ」
リナが必死になって気持ちを伝える。
とにかくミチトをこのままにしておいてはいけないと思った。
「リナさんは優しいなぁ。そして凄いです。男女の仲になって居ないのに俺が変わってしまいそうです」
そう言ってリナの目を見て照れたミチトが天井の方を向いて話し始めた。
「北部のアラリー山脈、18年前に終わった戦争で前線になった山です。その山の中に雪が降っても豪雪にならない程度の振り方で、一部盆地になっている場所があります。そこにスティエット村があります」
「スティエット村?ミチトと同じ名前…」
「ええ、祖父が戦争や徴兵を嫌ってそこに一族の者と住み着いて建てた村だそうです」
「村長?祖父?ミチトは村長の孫?」
急に知らなかった情報が飛び込んできてリナが驚きの声を上げる。
「立場上はそうなりますね。立場上だけですよ」
そう言ったミチトの顔はとても暗く辛い顔だった。
見ていられないと思ったリナはミチトに抱きついて「私が居るよ!皆居る!スードだって居るよ!」と強く言う。
「本当優しいなぁリナさんは…ありがとうございます」
ミチトはそう呟くと嬉しそうにリナの頭を撫でながら続きを話す。
「母が山に山菜を採りに行った時、戦争で傷ついて逃げ出した兵士を保護しました。それが俺の父です。逃げ出した兵士なので素性なんかはよく知りません。その人は俺が生まれて少ししたら村に馴染めなかったと言って逃げ出したそうです」
前線近くに住んでいればそれもある話だろう。
傷ついた兵士が流れ着いて世話になる話はよく聞く。
子を成して国に帰る。そして残された母子は母1人、子1人で支え合って生きていく。
「そして母も逃げ出しました」
「は?」
自分の想像を超えたミチトの発言にリナは驚く。
「俺を捨てて母は1人で逃げ出しました」
リナはまた言葉を失った。
ミチトはそれを察して「リナさんは気にしないでください」と言って頭を撫でてから言葉を続けた。
「俺が2歳の時だそうです。その後俺は祖父母によって育てられました。初めの5年くらいは、まだ…まだマシでした」
まだマシ…。きっとそれだとしても辛かったのは伝わってきた。
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