第27話 恋愛不適合者の烙印。
ミチトからお金を持ち逃げされたと聞いて「いくら!?」と言って身を乗り出したリナ。
「えぇ…、リナさんがそんな怒らなくても」
「人様のお金を盗むなんて悪い話だよ。怒るよ!」
リナが鼻息荒く怒ると「ありがとうございます」とミチトは笑いながら感謝を伝える。
ミチトはこのままスルーしたかったがリナがそれを許さない。
諦めたミチトが「250ゴールドです」と言った。
「何その大金!なんで盗まれたの!?」
ミチトの話を聞いていて低収入だった事は知っていた。
恐らく牧場でも何処でも最低限しか使わずに貯めたのだろう。
そのお金を作る大変さを理解しているリナは怒号と共にミチトに詰め寄る。
「剣術道場にいた時にアルバイトで工房に勤めていたんです。そこに居た女性に…」
リナはこれまでの10日間でミチトは心の壁は高く分厚いのにそれを超えると嫌な過去でも話してしまうことに気付いていた。
「昔、とある人にお前はマトモな恋愛が出来ないって言われました」
突然ミチトがとんでもない事を言い出した。
何とも言えないコメントで返事に困る。
まだ出会って日の浅いリナにはミチトは見た目は普通で話した感じ、仕事をして見た感じは悪くないと思った。
これが同年代で心に決めた相手が居なければ後数か月もすれば恋に落ちる事もあるだろう。
「他にも一族で見た目が悪いのは俺だけで拾われた子だと散々言われました」と続けるミチトは本格的に暗い顔で言う。
リナはそれがよくある家族間のからかいかなと思いながら話を聞く。
何かコメントが必要かなと思ったが黙る事を選んでいると「なので俺はマトモな恋愛もマトモな結婚も縁遠いと思っていました。現に故郷でそう言う浮ついた話なんてありませんでしたからね」とミチトは笑いながら話す。
「そして剣術道場でアルバイト先に薦めてもらったのは工房で下働きをしている時に彼女に出会いました。
年は同年代だったと思います。
同じ下働き同士で、彼女の方が数ヶ月先に働いていたので先輩でした。
なので仕事を教えて貰っている間に仲が進展しました。
そしてある時から付き合うことになって彼女は俺に一緒に住もうと言いました」
ミチトは決して嬉しそうに話さずに感情の死んだ顔で語る。
「剣術道場側に工房で彼女が出来た事、彼女に一緒に暮らさないかと持ち掛けられている事を相談をすると二つ返事で許しが出ました。そして何とか2人で暮らす家を借りて新生活が始まりました」
よくある話だ。
リナはそう思っていた。
「それで一緒に暮らしてから、詳しく聞いていくと彼女には親が作った借金があってそれで金を貸してくれた人の知り合いにあたる工房で安く使われているたそうです。
高い金額で早く終わる為には身体を売るするしか無かったがそれは嫌だったと言っていました」
借金…。
ここまで聞けばこの先は聞かなくてもわかる。
垢ぬけていない真面目一辺倒の少年。
借金の返済の為に奉公に来ていた少女。
少女から持ち掛けた同棲生活。
少年を持て余していた剣術道場。
おそらく少女が選択した結果、今ここに少年が居る。
「そしてその後は1ヶ月くらい暮らしました。
朝早くに俺が剣術道場に出向いて、午後は工房で彼女と働いて、彼女を養えるなら剣術でも工房でも良いと思っていましたが、俺は弟弟子との練習試合で勝ってしまって破門になります。そしてその直後に彼女は俺がスカウトを受けて他の道場に話を聞きに行っている間に金を持って消えました」
リナは絞り出すように「女を追わなかったのかい?」と聞いた。
「完全にのぼせ上がって居ました。俺には無理だと言われた恋愛をやり遂げたと勘違いした報いだと思いました。
俺、彼女の事をロクに知らなかったんですよ。
借金を作る親の事なんか話したくないって言う言葉を鵜呑みにして「言わなくて良い」って言ってました。
そうする事が包容力だと勘違いをしていたんでしょう。
後は本当にその月の家賃を払い終わった後はパン一つ買えない状況で、工房も道場の根回しでもう雇えないと門前払いでした。生活がかかっている以上、食い下がる事も考えましたが「付き合いがあるから」って済まないと何回も頭を下げられたら何も言えません。
工房の親方はそこまで悪い人じゃなかったから「これ以上の根回しは止めるように師範に言うから万一この町で生きるのなら剣に関係のない仕事にすると良い」と言ってくれました。
それでまかない飯の食べられる飲食店で雇ってもらえて2ヶ月勤めました」
…道場の師範が何でミチトをそこまで目の敵にしたのかはよく分からない。
だがその結果増長した弟弟子たちの嫌がらせに真正面からぶつかって撃破をしてしまった。
そして彼女がコツコツと貯めたお金を持って何処かに行ってしまった。
急に無一文で放り出されたミチトは何とかアルバイトだが喰い繋げる職を見つけた。
だがこの状況なら新たな疑問にぶつかる。
リナはそれを聞く。
「ミチト…。でもここまでやれたなら辞める事なかったんじゃない?職歴にアルバイトが書けなくてもこれだけやれたなら料理人を目指す道だってだって…」
「いえ、俺も続けられるならそれでも良かったんですが、根回しは無くても嫌がらせは沢山あって、オーナーさん達は「耐えればいずれ止む」って言って励ましてくれましたが、俺は毎日店先が無茶苦茶ゴミだらけにされているのを見るのも辛かったし、オーナーさん達が「いいから奥に居るんだ」と庇ってくれるのも「なんで辞めさせない?」と近隣のお店から後ろ指を指されて居るのも耐えられなかったんです」
リナは読みが外れた事よりもこの状況にショックだった。
ミチトが原価計算なんかを知らないのはてっきり店に使い潰されて居たのだろうと思ったが実際はそうでは無くてオーナー達に邪魔にならないようにミチトが配慮をして居たからだった。
多分、ミチトは誰にでもできる仕事を誰よりもこなして結果を出したいタイプ。
それは今までの経験がそうさせていると思う。
代わりはいくらでもいると言われても傷つかないように誰でもできる仕事を選びたい。
そして捨てられないように誰よりも結果を残したいのだ。
そして10日前、ミチトが同居を断ろうとした理由もわかった。
この2つの経験が大きいだろう。
女性への不信感。
後は自分がいる事で周りに被害が出る事を極端に嫌がって居るのだ。
リナは何も言わずに立ち上がるとミチトを抱きしめる。
「え!?リナさ…」
「もういいよ。言わなくて良い。言いたかったらまた聞くから言うんだよ。
今は辛いだろ?
私はスードに頼まれたから仲良くなったけど今はミチトの友達みたいなもんだよ。
女は怖いかい?」
少し間があってミチトは小さく「…はい」と答える。
女性のリナに配慮をするべきか考えていた。
「そうかい。人間は怖いかい?」
これは間もなくミチトは「はい」と言った。
「わかったよ。私はミチトの距離感を大事にするから安心するんだよ」
そう言って少し抱きしめたリナは離れると右手を出す。
「え?」
「握手だよ握手。これからもよろしくって握手」
リナがミチトの顔を見てニコリと笑う。
そのリナの目には涙が見えた。
「リナさん?距離感…」
「大事にしつつ私なりの仲良くするやり方なの」
「…はい。わかりました」
ミチトは少し困った顔をしたが握手をした時は嬉しそうな笑顔だった。
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