第26話 リナとミチトの10日間。

ミチトとリナの生活はあっという間に10日が過ぎた。

リナからすればミチトは願った以上の働きで仕込みや皿洗い、フロア清掃をこなしてくれるし、期間限定と称してミチト飯の提供も始めた。

これも好評で、特に野菜の大きさや硬さがネックだった客達はミチト飯を食べる為に来ていた。

ただ2ヶ月の飲食業経験だからか、お金に関する事柄は何一つ理解していない。

原価の計算なんかは出来ずにとりあえず安く美味しいものを徹底していて原価が安過ぎてリナが申し訳なくなる程だった。

一言で言えば便利で扱いやすくて都合の良い男…それが飲食業をやる上でリナがミチトに思ったことであった。


10日間、ミチトは1日に30分だけ時間をくれと言って裏の空きスペースに行く。

リナは3日目に我慢ができなくて付いて行ったら「何にも面白い事はないですよ?」と呆れたミチトに言われたが30分が剣術と拳術、あとは魔術の訓練時間だった。

「使わないと衰えるんです」と言ったミチトは「衰えた実感は無いんですよ。ただ師匠から怪我や病気の日以外、できる日は必ず10分で良いから術を身体に通すんだと教わりました。それは拳術だけですが他の術も同じだと思うんですよね」

そう言いながら真剣な顔で拳を振るい足を振るうミチト。

「他に何か技ってやらないの?」とつい聞いてしまうリナ。


ミチトは「ありません。俺は師匠からこれしか教わってません」と言いながら拳を振るう。

リナは見ながらあれは当たったら痛そうだと思う。


剣術も基本動作と見様見真似で覚えた技を忘れないように振るう感じで客が忘れて行った杖で実践して行く。

そして魔術。

「まあほとんどバレてますが秘密でお願いします」

そう言ったミチトは奇妙な事を始めた左手を突き出すと人差し指の先に火、中指に氷と言った感じで次々と産み出すと掌に小さな竜巻を起こす。

観賞用に家に置きたくなるようなそんなサイズの竜巻の中を小さな火や氷、雷なんかを走らせる。中には雨も起きている。

それなのにミチトの手は濡れない。他にも何か見えたがリナには認識できなかった。


「なにそれ?」

「魔術の訓練です。俺は魔術の師匠が居ませんから正しくはわかりません。

だから拳術と同じで忘れない為にも使ってみてます」


「本当になんでもやれんのね」

「いえ、何も出来ません。だからここに居ます。…おっと、集中が乱れました」

ミチトの掌に出来た竜巻が乱れて一瞬ミチトの手が濡れる。何も出来ないがミチトの本心で何も出来ないからここにいるのになんでも出来ると思われている事で集中が乱れていた。


「集中を切らさずにやる為に人に居てもらう必要があるのは思いもよりませんでした。そろそろ時間ですね。最後の仕上げに入ります」

そう言ったミチトはその竜巻を右腕にぶつけると右腕はズタズタになって血が出る。


突然の怪我にリナが「何やってんの!?」と驚く。

「あ、いいんですよ」

ミチトはそう言うとそのままヒールの魔術で怪我を治す。


「何も無いとヒールは使えませんから」と笑うミチトにリナは「心臓に悪いって」と呆れていた。



10日の間にリナはなるべく話を聞くためにミチトとの時間を設けた。

今まで通りの仕事量であればミチトが来て半分に減ったのでその分の時間をミチトとの時間にした。

ミチトは「儲けが減りませんか?」と気にしていたが、8時前に売り切れの日も出るくらいなのでミチトの分の食費を考えてもそんなにダメージは無い上に遊ばせていた部屋を渡しただけなので出来ることならこのままダンジョンアタックをせずに住み込みで儲けて行きたいくらいだった。


ミチトの方はリナの紹介でライドゥと言う武器屋、ヤァホィと言う道具屋、エクシィと言う工房職人と知り合った。

皆口々に「素材を売りたかったり何か買いたい時には自分の所まで来るように」と言ってくれた。


早く店が片付くとリナがミチトを誘って二階の住まいで酒を飲む。

ミチトはコップ半分だけしか酒に付き合わず、その意味をリナは何度か聞いていた。


「別にウチには魔物も何も来ないから飲んで平気だよ?」

「いえ、これで十分ですよ。俺、酒に弱いんです」

ミチトは下戸を理由にするが決して弱いわけではない事はわかる。

それを確かめる為に2回目はアルコール度数の強い酒を出してみたが事もなくコップの半分だけキチンと飲んで「ご馳走様」と言う。


ここまででリナはミチトの飲食業経験については聞き出していた。


「前に俺は剣術道場を破門になったんですよ」

そう言って剣術道場で弟弟子達ばかりが優遇されていて、それに調子づいた弟弟子に練習試合を持ちかけられてやり返して破門になり、根回しをされて他の道場でも引き受けて貰えなくなった話をした。

それはスードに話したものと全く一緒でただその後R to Rに入るまでに2ヶ月だけ飲食店でアルバイトしていた事が明らかになった。


そして本日は3回目の飲み会である。

まあ3日に一度と言うハイペースでミチトを酒に誘うリナはミチトに言わせれば酒好きだと思われただろう。

リナ自身は情報収集の仕事という名目もある。

だがまあ、言えば誰かと過ごす日常が悪くなかった。

だからミチトが来てリナも嬉しかった。


今回も飲み始めは仕事に対する感謝と労いの言葉。そして「アタックを辞めてウチでずっとやる?」と言うものだった。

ミチトは笑いながら「嬉しいです。でもここに来たのはアタックが目的ですから」と断る。


「この前の続き教えてよ。なんで急にアルバイトをしたの?」

「持ち合わせがありませんでしたからね」

そう言ってミチトは笑うのだがリナは違和感を覚えた。


「牧場のお給金は全部使っていたの?」

ミチトの性格からすれば給料を使い切るタイプではない。薄給なら薄給なりの過ごし方がある。

更に剣術道場でも住み込みで世話をしていても小遣いくらいは出るし、金も払えない師匠ならば空き時間にアルバイトを認めるしそもそも勧めるのが主流だ。


「まあ、色々あってお金を持ち逃げされましてね」

そう言って恥ずかしい過去と言った感じで話すミチト。


突然の告白に驚いたリナは「いくら!?」と言って身を乗り出す。

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