第24話 大鍋亭。
「この後の事だけど…」と言ってリナが話し始めた。
「それで、どうしようか?」
「この辺りを歩いて土地勘を身に着けたいです。後は申し訳ないですが住むところを探したいので良かったら口添えをお願いできませんか?」
ミチトが自分で生きていくためには最低限頼れる商店を教えて貰って住まいを見つける必要があった。
後はダンジョン攻略の為にもシューザと言う人物を見つけなければならなかった。
「それはいいんだけどさ、ミチトはスードが戻る前にダンジョンに入るつもりなの?」
「ええ、別に拳だけでもある程度の敵には対処できますし」
ミチトはこのダンジョンでどう言う敵が出てくるのかを自分の目で見ておきたかった。
「ああ、聞いたよ。ミチトって剣も拳も魔術も使えるんだよね?」
「ええ、俺、器用貧乏なんですよ」
ミチトがいつもの困り笑顔をするとリナが「それ、スードが気にしていたよ。何が出来るかはミチトから聞いてくれって言っていたけどさ、今スードはミチトの荷物を取りに戻っているんでしょ?とりあえずそれまではダンジョンへのアタックは控えてラージポットに慣れる生活をした方が良いと思うんだけどね。どうかな?」
「え?」
「え?ってミチトはダンジョンアタックをどの位で終わらせようとしているの?」
この質問に変に答えてはいけないが、リナで言えばオーバーフローは知らないだろうから期限を区切るのは辺に勘繰られてしまう。だがそれを内緒にしていてアタックが延び延びになるのは避けたかった。
「…まあ、2年くらいでブレイク出来て解放されたらいいなと思っています」
「またまた凄いことを言うね。ここは6年経ってもまだ地下20階までしか到達者の居ないダンジョンなのよ?しかもまだ最深部じゃないって言うし」
「最深部ってご存じなんですか?」
「お客さんが「きっと深いダンジョンだ」って言っていたからそう思っているだけ」
「あ、一個聞いてみたいんですけどいいですか?」
「あら、私について?」
「違います。ラージポットについてです」
「…あっそう」と言う明らかに不満げなリナの声。
リナは目鼻立ちが整っていて大鍋亭の女性オーナーとして冒険者の男共にもモテていてくだらない質問なんかを受けている。
大概は「男は居るのか?」「好みのタイプは?」「スリーサイズは?」「ファーストキスか?」等と言うものばかりだ。
聞きなれた質問は嫌で仕方なかったが聞かれないのも珍しさはあったが面白くなかった。
ミチトはようやくリナの空気を察して「え?ああ!?すみません。ちょっと真剣に聞きたい事があって…」と慌てて弁解をした。
「はいはい。いいわよ。それでなに?私は冒険者じゃないし、ここには半分志願、半分スカウトされてきてお店を営んでいるだけだからあんまり詳しくないわよ?」
スカウト?そんな人が居たことに驚いたミチトは「…そんな人が…」とつい言ってしまう。
このリアクションはたまにされるので慣れていたリナは「ほら、いいから質問をして御覧なさい」と言って笑う。
「はい、ラージポットの外壁って6年で作ったんですか?」
「違うわよ。これはロキ様とヨシ様のディヴァント家が国から言われて何年も前から作ったのよ」
「…え?…じゃあ城壁の内側に偶然ダンジョンが生まれたんですか?」
「違うわよ。何でも予言書にここにダンジョンが生まれるからって書いてあったからそれを受けてディヴァント家が偉い人の指示で壁を作ってダンジョンに備えていたのよ」
これでミチトは合点が行っていた。
たった6年でこれだけの壁を用意するのは難しい。
だがそれで考えれば予言書…、おそらく国営図書館でタイトルだけ見たあの本に記されていた位置にダンジョンが生まれたことになる。
だとしたら予言書にはその後の事は記されていなかったのかと言う新たな疑問が生まれる。
そして、疑問と同時に嫌な疑念が生まれた。
予言でオーバーフローが予言されていてステイブルか消失の為にもこの壁が用意されたのかも知れない。
「この回答でよかった?」
「はい。納得できました。ありがとうございます」
「じゃあさ、とりあえず私は考えたんだけどさ、ミチトって料理できるんだってスードが言っていたんだけど、今から私とお昼ご飯作ろうよ」
「え?」
「ちょっと早いけどご飯食べて、それから後の事を話させてよ」
「…わかりました」
そう言って今度は部屋の中にある階段で1階に降りるリナとミチト。
席はテーブルが10卓、それが余裕を持って置かれている。
大き目のテーブルには椅子が6脚ほど備わっている。
「ここが私の大鍋亭よ」
「このサイズのお店をお1人で?」
「まあね。ウチの食事はメニューがある訳じゃないのよ。その日の仕入れに合わせて何品か作ってこのカウンターに並べてお客さんに選んで貰うの。それで1ロキシーで食事をしてもらうのよ。大目に食べる人には2ロキシー貰ったりするけどね。それで品切れになればそれでおしまい。追加は無し。営業時間は夕方5時から夜の8時まで」
簡単そうに言うが、正直8時に店を閉めても片付けと仕込みで2時間は欲しいし、朝も仕入れや仕込みで結構な時間を使ってしまうだろう。
そう思うとここでこうしていていいのか?とミチトは心配になった。
「あの、俺のせいで時間使ってしまっていますよね?」
「平気だって、昨日は夜の間に仕込みもしておいたしね。って…あれ?ミチト?」
「はい?」
「アンタ今、イメージ出来ていたわね?仕入れと仕込みの時間、3時間の営業時間でのお客さんの流れ、その後の清掃と仕込み…考えていたでしょ?」
「あ…。はい」
ミチトは自分の感覚で話してしまっていたが、そもそも冒険者が店側の流れや都合なんてものは気にしないし知らないのが普通だ。
「飲食店で仕事した事あるの?」
「…はい。2か月程ですがバイトとして雇って貰いました」
「へぇ…、それで何をしていたの?」
「ホール業務も必要に応じてしましたし、キッチンでの調理も行っていました」
「え?2か月で?」
「はい」
「何でやめちゃったの?」
「…必要がなくなったからです」
そう言った時のミチトの顔は暗い顔だった。
これは何かあると思ったリナだったが、深く追求しないで流すと「じゃあ料理しようよ。野菜、切ってくれる?」と言う。
昼食はチキンと野菜のソテー。後は簡単なスープとパンだった。
「いただきます」
「いただきます」
ミチトはリナの作ったスープを口にして、リナはミチトが作ったチキンと野菜のソテーを口に運ぶ。
「やだ、美味しい!」
「あ、良かったです。俺もこのスープ美味しいです」
「ちょっと聞いていい?」
「はい、何ですか?」
「野菜の大きさが小さいのはミチトの好み?」
リナはそう言ってフォークで小ぶりに切られたピーマンを刺しながら聞く。
確かにリナがスープに入れている玉ねぎとジャガイモと大きさに大差がない。
「ああ、それですか。思ったんですけどラージポットでいただいた食事って俺には火加減が甘いように感じてしまっていて、もう少し火を通した方がいいなと思ったので大きさを変えたんですよ」
ミチトも自分の切った野菜とひと口大の鶏肉を口に運んで味を見る。
「へぇ、気遣いは出来ると」
「は?」
「ううん。じゃあスープの野菜はもう少しクタクタの方が好み?」
「まあ、個人的にはそうですけど、多分この歯ごたえがこの味に合っている気がします」
「ああ、そう言えば珍しいと言うかここでは食べない味付けなのよね」
今度はリナがミチトに感想を述べる。
「ああ、それで言えば俺はここの料理が初めての味付けなのでちょっとした旅行気分です」
「へぇ、ミチトの故郷って何処なの?」
「……北の方です」
「北?雪国とかなの?」
「いえ、雪は…豪雪地方とまではいかないくらいです。ただ、そのせいで温まる煮込み料理がどうしても多いからか野菜が柔らかいんですよ」
「なるほどね。じゃあとりあえず食べちゃおうか?」
そうして質問は終わって食事に戻る2人。
リナはある事を考えていた。
そして今聞いた飲食店での経験や豪雪地帯ではない北国と言うのはルーツを知る為の手掛かりになると思っていた。
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