第20話 ウブツン・ジーノとの4ヶ月。
「4ヶ月に満たないくらいの時間でしたが、家族に称させれば『偏屈で頑固で皆に疎まれている学者先生』。
その人の世話をしたがらない苦痛でたまらない家族は偶然街で見かけた、かつて先生の生徒をしていた貴族に介護の愚痴を漏らした。その貴族はR to Rに仕事を依頼している関係で金さえ出せば何でも請け負うだろうと言う紹介でR to Rに介護の依頼が来たんですよ。
それに選ばれた俺が身の回りの世話をしました。
ですが学者先生は家族の評判とは違い、真面目な方でしたがユーモアも持ち合わせていたので面白がって俺の言う事を聞いたり介助を受ける代わりにその日にしてほしい事とかを古代語と古代神聖語を使って手紙で用意をしたり、俺に古代語と古代神聖語で返事の手紙を書かせたりしたんです。
最後の方には「今日の問題」なんて言って空き時間に本を渡してきて見開き1ページを翻訳させるんです。読み手である俺の主観を抜きにしたなるべく平等で正確で新鮮な状態を維持した文章と先生は言っていましたがそれを意識して翻訳するように言われました。
その結果、読めるようになった。それだけです」
「その短期間で良くできましたね?」
ロキが感心して言うとミチトは困り笑顔で「ええ、悠長な事は言えませんでしたから必死になって頑張りました。それに俺、器用貧乏なんですよ」と言った。
「その先生は?」
「亡くなりましたよ。最後に古代語と古代神聖語で書かれた手紙を用意していてくれて俺に手渡してくれました」
ミチトは先生の最後を思い出しながら言う。
最後の時ですらアレコレと言い訳を並べて中々見送りに来ようとしない家族たち。
苛立つミチトの表情を察した先生は辛そうにベッドサイドに置かれた手紙をミチトに渡してとても小さい震える声で「アイツらは居なくていい。お前が居てくれる。これが最後の問題だ」と言った。家族が来たのは先生が亡くなるほんの少し前だった。
「手紙には何と?」
「当たり障りのない部分だけで良いですか?」
ミチトは言いたくなかったがスードの事がある以上断れない。
ロキは「構いません」と言う。
「「最後にとても楽しめた…もっと早くに会えていたら色々仕込んでやれたのに残念だ。
私の持つ本達はお前に渡したいがあの妻や子供達がそれを許すとは思えない。本当に悔やまれる」とありました」
「本は貰ったのですか?」
「いえ、葬儀のお手伝いすら断られました。
そして手紙を見て訝しむ夫人に内容を問われました。「まさかこの家の本を上げるなんてないわよね?」と…。
資産価値云々を気にしたのか1ゴールドでも欲しかったのかは知りません。
俺はありませんとだけ言って最後に「先生ありがとうございました」と古代語で書いたメモを先生に持たせて下さいとお願いをして夫人に受け取って貰いました。
まああの夫人ですから棺に入れず捨てたと思いますけどね」
本当はもっと大切な事が熱い気持ちと共に、病で弱った身体の震える手で一生懸命に書かれていた。ミチトが風呂やトイレなんかに言って席を外している間を狙ったのだろう。部分部分によって筆圧も何も違っていた。
[親愛なるミチト・スティエットへ
突然お前がここに寄越された日、最後の時ですら他人を使う家族の態度に腹を立てた私はお前にぞんざいな扱いをしてしまった。
それなのにキチンと世話をしてくれた事は感謝している。そして済まなかった。
人生の最後にとても楽しい時間を過ごさせてもらった。学や教養は無いのにキチンと知識が身につく土壌が形成されていると言う事は何らかの事情があったのだろう。
もっと早くに会えていたら一人の師として教養や一般常識なんかを養い、寄り添って話を聞き、相談にも乗り、今後の道を示してやれただろうと思うと申し訳ない気持ちになる。
そして時間さえあれば私の知る他の学問など色々仕込んでやれたのに残念だ。
私とは別れるがこの日々で身につけた知識はお前を裏切らない。
私の持つ本達はお前に渡したいがそれをあの妻や子供達が許すとは思えない。本当に悔やまれる。
本来、お前のような人間の元で本は活かされる。
本は原本を読め。
写本や訳本を信じるな。
自己解釈で全容は曇り、歴史はねじ曲げられ、真実は歪められるからだ。
まだ私が去るまでに数日ある。
残された日々を最後まで楽しませてくれ。
そして本当にありがとう。
ウブツン・ジーノ]
そう。写本にはステイブルの記述が抜け落ちていて、オーバーフロー条件は一部外されていたものもあった。
ウブツンの言った事は正しかった。
そして知識は裏切らなかった。
だからこそあの日原本を読むことが出来た。
その事が何になるかわからない。だが無駄ではないと先生との日々がそう思わせてくれている。
ステイブルの記述と外されたオーバーフロー条件。
その二つは対のように外されていいものではない。
悪意を持って外されたことは一目瞭然で、わからないのは誰が何のためにそれを外したかと言うことだった。
「そう言えば目録にその手紙が無かったですね」
「R to Rで取り上げられて燃やされました」
ミチトは先生の元からR to Rに戻った日の事を思い出していた。
帰ってくるなりいきなり4ヶ月近く出向させたことに対してロクな労いも無く、特別ボーナスのようなもの、遺産や遺品なんかに分け前があったのかを聞かれた。
特に何も無く夫人から葬儀の手伝いも断られた話をすると役立たずと必要以上になじられてバカにされて怒られた。
ミチトは師匠の手甲や兄貴分がお下がりでくれた剣と一緒に手紙を住まいに置いて時間があれば何回も読んだ。当時、自信を無くしていたミチトには希望の光のような手紙だった。
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