第16話 儚い希望。
午後は何故か窓が全開だった。
訝しんだミチトが「小隊長さん?」と聞くと「コイツらが話し足りないってよ」と答える。
それに合わせて2人が手を振ってくる。
ミチトはなんかおかしくなって「ふふ」と笑った後で「何を聞きたいんですか?そんな面白い話なんて無いですよ?」と言う。
「俺達が決めるから良いんだって」
「まだ聞きたいこともあるんだよ」
「なんです?」
「R to Rがロクでもない所なのに何で辞めなかったんだい?」
「生活に後ろ盾がないからですよ。あれば1年で辞めてました」
不思議そうな顔で手綱を持っていない糸目の兵士が「その、さっき言ったショートソードの兄貴を頼れないのか?」と振り向いて聞く。
「きっと兄貴も兄貴の親も拒みませんが色々あって頼れないんですよ」
小隊長は「色々ね…。この状況でも頼れないなんて余程なんだな?」と困った声で言う。
「ええ」
「お前さん、雇用法が更に改定されたのは知っているか?」
「失業保険と悪徳チームに視察が入って裁かれる奴ですか?」
「なんだ知ってるのか。失業保険なら住む所の保障はされないが食べるモノの保障がされるだろ?」
これは犯罪防止に国が乗り出した花形政策だった。
内戦や他国との小規模な戦争が終わって18年。
ようやく安定してきた国内の犯罪防止にと制定された政策。
金持ちが人を殺すのはプライドと快楽がメインだが貧困層は生きる為、食うに困って人を殺す事が多い。
弱肉強食と言えば聞こえはいいが国の損失に直結する事態だ。
「今の俺じゃ無理です。アレ、辞めて即日に保障が受けられるのはチームリーダーやサブリーダーが死ぬなりチームを畳むなりしないとダメなんです。ギルドに登録が残っているチームのメンバー、自己都合でチームを離れると保障まで1ヶ月から2ヶ月の審査と待機期間が必要なんです。
まだ後少し持ち合わせが足りなかったんですよ」
何故か無精髭の兵士が我が事のように「じゃあ視察は!?」と聞いてくる。
「話を聞いたのが半年前。移送任務中に貴族の奢りで夕食を食べました。その時酒に酔った貴族が俺をからかいながら視察が始まったから助けを求めてみるか?と言いました。
貴族から見てもからかいたくなる程に酷い状況に見えたんでしょうね。
それを初めて聞いた俺に隠しておきたかったリーダーは密告したり逃げ込んだらどうなるかよく考えろと釘を刺してきました。まあ、誰かが同席しなかったリーダーに密告したんです。
それでも俺は話を聞いてもらう為に視察事務所の場所を調べて駆け込みました」
「ならなんでお前さんは今ここにいる?」
「それが答えです。
視察事務所に居たのは皆初老の人間で余生を楽しく過ごして不労所得を得ようとする人達でした。話は聞いてくれたけど「嫌なら辞めればいい」「仕返しが怖いなら国外に逃げればいい」「生活が出来ないなら諦めて蓄えが出来るまで働けばいい」と一蹴されました」
ありえない話ではない。
国が幾ら志の高い事を言っても末端に志が行き渡るまでに時間もかかれば薄れる。
準備した予算の中抜きは生まれるし利権争いが絶えない。
多分その老人達も元々は貴族の家で働いていて高齢を理由に解雇された奴らが安定した生活の為に優先的に雇われたのだろう。
「1人の老婆が教えてくれましたよ。視察事務所に寄せられる自己申告はどこも皆酷いからいちいち対応出来ない。周りからの密告があれば別だが当事者の話は信憑性に欠けるから何もできないそうです」
「…」
「…そんな…」
「それから先は毎日朝が来るたびに今日こそは誰かが密告をしてくれていて、チームハウスの扉をくぐって視察がやって来て、調査で全てが白日の下に晒されて解放をされるのではないかと淡い期待を胸に抱いて生きました。
まあ、そんなものは来ないし結局捕まるべき人は捕まらず、俺はここでこうしてラージポットに送られるんですけどね」
もう、小隊長達は何も言えなかった。
詳しく聞けなかったが頼れる身内も無く、折角拾ってくれた師を失って行き場をなくし、生きる為に職も選べずに働き、過酷でも辞められず使い潰される。
そして頼れるはずの国にも見放され、遂には責任を取らされる形でラージポットに送られる。
そう思うと小隊長の表情は暗くなる。
馬車の前に乗っている糸目と無精髭の兵士も同じ表情をしているだろう。
「あ、そんな湿っぽい顔はしないでくださいよ。皆さんに話を聞いて貰えて良かったですよ。ありがとうございました」
ミチトが笑顔で言うと顔の見えない糸目と無精髭の兵士は鼻をすすっていた。
夜になった所でラージポットが見えてきた。
大都市レベルの大きさをすっぽりと覆う高い壁。
高さは塔や城に匹敵をする高さでここまでの高さにするのに何年かけたのだろうかとミチトは疑問に思いながら見た。
門番は無精髭の兵士に「遅かったな、トラブルか?」と声をかける。
「ああ、報告をしたいからロキ様に直接話をしたい」と言う。
それを聞いたミチトが驚いて小隊長を見る。
「昨日の夜、お前さんが風呂に入っている間に今回のまとめ方を決めていたんだ。
今日は俺たちに従うって話だったよな?済まないが頼む」
そう言われてミチトは「期待しておきます」とだけ言って下を向いた。
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