第13話 ミチトの処世術。
「どういうものかを理解して、それを自らに施してそれに打ち勝つ練習をするんです。おかげで寸前の所で命が助かりました」
ミチトは説明の最中に笑ってしまったのだろう「…お前さん、なんで笑ってんだよ?」と小隊長が驚きの声を上げる。
「え?笑ってます?笑うしかないからですかね?
そこで終わればいいんですが、魔術師はいいように煽られ続けて暗殺計画を練っては実行してくるんですよ。
同じチームなので寝床はバレていますから普段から身を守るために寝るときも細心の注意もしましたよ。毒殺に耐えるために薬学も素人の範疇ですが学びました。それで昨日は解熱剤が作れました。まあ現に毒は使われましたから役立ったんですけどね。
結果それで疲弊しつくして背後からの不意打ちに反応できずにここに居るんですけどね」
そこまで話すとミチトが「ああ、陽が真上にきてしまいましたね。ここらで水場を見つけたら休憩にしましょう」と言った。
4日目は夕方には大体予定通りの場所まで来ていた。
これも馬を使役したミチトのおかげで馬の動きは昨日までとは全く違っていた。
「小隊長さん。ちょっと馬も疲れてしまっているので今日はここまででも良いですか?」
ミチトが近くに水場があって草も生い茂っている場所に馬車を停めると小隊長の許可を取った。
「今日はお前さんに任せたから構わんよ。それに大体は目的の地点まで来ているしな」
小隊長がそう言うとミチトは馬車から馬を外して「今日はありがとう。皆助かったよ」と言って馬を撫でる。
「この辺りで好きにしてね。でも離れ過ぎてはダメだし、近くに危険が迫ったらすぐに俺を呼んでね」
馬はミチトの言う通りにするように遠くに行く事なく水を飲んで草を食べる。
「さて、夕飯は何にしますか?」
「パンと干し肉と水で良いだろ?」
「まあそれでも良いんですが折角だから栄養のあるものを用意しますから食べてください」
ミチトはそう言うと左手の包帯を外すと川に向かって行く。
小隊長はその後ろ姿を見ながら昼間の話をした時の怖い顔、狼や熊に語りかけた時の優しい顔を思い出していた。
どちらもミチトなのだろうがどちらが本当のミチトなのか、人間嫌いで最大限やる事で壁を築いてそれ以上を踏み込ませない姿勢。
R to Rの連中は踏み込み過ぎていた。
あのまま踏み込んでいたらどうなっていたのだろう?
何故R to Rを辞めなかったのか。
小隊長はそんな事を考えていた。
ミチトは魚をこれでもかと獲ると串に刺して焼いて行く。
その間に川から水を引いて石でスペースを作るとそこにファイヤーボールを入れてお湯にしてしまい風呂を作る。
その足で小隊長に「先に糸目さんを風呂に入れてあげたいんですけど良いですか?」とミチトは確認を取る。
小隊長はそこまで狭量では無いと思ったのだが、この根回しすらミチトの処世術なのだと思い何も言わずに了承をする。
ミチトは馬車で眠っていた糸目と無精髭の兵士を起こすと糸目の兵士の体調を確認する。
「熱は下がりましたね。良かったです。動けますか?良かったらお風呂作ったんで入ってください。折角のお湯だから身体を洗って汗を流してください。沢山汗をかきましたよね?」
そう言ってあれよあれよと言う間に川辺まで案内して用意した風呂に入ってもらう。
起きた時に日が沈みかけていて当初4日目の目標地点付近まで到着していた事に驚く無精髭の兵士にミチトが「無精髭さんは小隊長さんの後ですよ」と声をかける。
「お前さんは風呂に入らないのか?」
「俺は最後で良いですよ。ここは川ですから水ならいくらでもありますし、それに皆さんが入っている間に食事の用意とかありますから」
「まあ、今日は全部任せたから指示に従うが、明日の最終日は俺達の指示に従ってもらうからな」
「わかってますよ。この数日、出過ぎた真似をしてすみません」
ミチトが笑顔で謝る。
これがこの男の処世術。
見てきて聞いたからこそ調子に乗らない自分が居たが、初日からこのペースだったら自分はどれだけ横柄で醜い姿を晒した事だろうかと恐ろしくなった。
夕飯は焼き魚と魚を使ったスープ、それとパンを食べた。
眠っていて食事を摂らなかった糸目と無精髭の兵士達はキチンとした食事に感謝をしながら食べていた。
「お前さん、お前さんが風呂に入っている間に俺たちは明日の話とかをしてしまいたいんだが長湯してくれるか?」
「ああ、聞かれると困る話ですね。了解です。
ただ本当に出来たら俺の事ははぐらかして貰えますかね?」
ミチトがこの旅で唯一心配な事はこの活躍をラージポットでロキやヨシに話される事、後はダカンの街で話されることにある。
「わかってるよ。お前達も徹底しろよな?」
「はい」
「わかってますよ」
ミチトが風呂に入っている間、小隊長は今日あった事を部下達に話した。
そして間違っても調子に乗らない事、増長しない事、ミチトが作る壁の向こうに入り込まない事を徹底させた。
それは命の恩人という事もあるが、聞けば聞くほどに何処か恐ろしい気持ちになっていたからだった。
風呂の後でミチトは糸目の兵士の肩を見た。
少し痛むと言っては居たが肩は無事に上がった。
「よし、これで大丈夫だな。お前さんは安心して寝てくれ。昨日も寝てないから辛いだろ?」
「寝ましたよ。言いましたよね?」
ミチトがしれっとした顔で小隊長に言う。
「まあこれで晴れて俺たちは移送をする方、お前さんは移送をされる方なんだから、言うこと聞いて寝ておけよ」
「わかりました。じゃあ馬を馬車に繋いだら寝させてもらいます」
ミチトは大人しく馬を馬車に繋ぐと「俺も今日は寝るね。君も今日はずっとありがとう。本当に助かったよ」と声をかけてから眠りについた。
「俺はアイツが何かしでかさないか見張りつつ寝る。お前達は交代しながら番を頼む」
「はい。十分休ませて貰いました」
「働かないと給料泥棒になっちまいます」
部下達は小隊長を元気よく見送った。
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