第11話 眠りの魔術。

「助かったよ」

そう言ったのは無精髭の兵士だった、



「辛そうで見てらんなかったから本当ありがとう」

「いえ、薬が効いてくれてよかったです」


「なぁ、こう言う時って眠りの魔術が有れば良かったのかな?」

無精髭の兵士は雑談といった感じでミチトに言う。


「いや、悪手なんですよそれ。

苦しむのは辛いからですよね?それを眠りの魔術で無理矢理寝かし付けると死にそうで苦しい時も眠ってしまって容態が急変してもこちらは気付けないんです」

ミチトが人差し指を上に向けながら説明をする。


「そうなの?」

「ええ」


「お前さん…何でそんなに詳しいんだよ?」

「まあご想像にお任せします。

後はついで話ですが万一眠りの魔術を使われる事がわかっていたら「やられるかも知れない」と意識し続ける事です。

起きるまでの時間が段違いになりますよ」


小隊長は話を聞きながら一つの結論に至っていた。

ミチトは火や氷だけではなく眠りの魔術まで使える。

そして破り方まで知っている。

たかだか二十歳の若造がだ。

どれだけの目に遭えばこれだけの力が身につく?


「とりあえず寝ましょう。俺は糸目さんの氷を取り換えたら寝ますから寝なくても横になって待っていてください」

「お前さんが来るまで寝ないからな」


ミチトが「わかってますよ」と言って微笑むのを見ながら小隊長も諦めて横になる。

そのままミチトを見た時左手をかざしたミチトが「おやすみなさい」と言う。

その声で小隊長も無精髭の兵士もあっという間に眠ってしまった。




小隊長が気付くと夜明け間近になっていて、馬車の周りには布団なんかが置かれていた。

そしてその側で狼と熊に寄り添って眠るミチトが居た。


小隊長が慌てて起き上がるとミチトは狼達と同じタイミングで起き上がる。

「深く眠ってしまったようだ」

「ええ、昨日は大変でしたからね」


小隊長は糸目の兵士に近寄ってみると氷がまだ固まったまま溶けて居なかった。


「お前さん…氷を?」

「ああ、さっき目が覚めたので取り換えました」


「この布団は?」

「夜中に目が覚めたので狼さんに頼んでもう一度山賊の住処に行ってきたんですよ。

せめて今日だけでも糸目さんは横にしてあげたいんです。

馬車の中は床が硬いし揺れもひどいから布団がないと辛いですよ」

布団と馬車、それと糸目の兵士を指さしながらミチトが小隊長に説明をする。


だが小隊長の顔は優れない。

ミチトの目を覗き込むと「嘘だろ?」と言う。

思わずミチトは「え?」と聞き返してしまった。


「お前さんは昨日の夜、俺達に眠りの魔術を使った。それで文句を言われない中で一晩中世話を焼いた。

そして俺の起きる頃に合わせて休息を取って寝たことにした」

「言いがかりですよ。俺は寝ましたよ」


そう言って微笑んで何もなかったことにしようとするミチトを見る小隊長は目を背けない。

そんな小隊長に向かって「まあ誰も知らない事です。俺は寝ましたよ」と言ってもう一度ミチトは微笑んだ。


「くそっ…お前が言う糸目が起きていて夜中の出来事を見ているかもな」

「…解熱剤に使った鎮痛剤は強力でしたし熱のせいで夢を見たかも知れないですね」

しれっと言い返すミチトに小隊長は苛立ちを覚える。

その苛立ちが上手く説明できない。

本来守るべき立場の自分たちが守られているからかもしれない。

自分たちが守らねばいけないのに頼ってしまっているからかもしれない。

まだまだ隠している事があってはかり知れないからかもしれない。

そんな気持ちを込めて小隊長は「お前さん、もう少し心を開けばどうだ?」とだけ言った。


「それをしたら小隊長さん達が困りますよ。規則があるから俺の名前を呼ばないじゃないですか。情が移ってしまいますよ。では俺は朝食の用意と糸目さんの事をやりますから小隊長さんは無精髭さんを起こして馬車に布団を敷き詰めてください」




糸目の兵士は熱は高かったが高熱と言うほどでもなく食事も取ることが出来た。

「夜中…何度も氷を…」

「夢ですよ。俺は寝る前と明け方にしか取り換えてません」


ミチトが笑いながら汁物を渡す。


食後には「不思議な事ですが受け入れてください」と言うミチトの案で前に小隊長とミチト、牢側に無精髭と糸目の兵士が乗り込む。


無論小隊長は「何でだよ?」と不快感をあらわにする。

「下山までですよ。下山までは熊と狼に護衛をお願いします。それまで俺が近くに居ないと意思疎通出来ないじゃないですか。

それに小隊長さんは俺を見張りたいですよね?

いくらなんでも薬を飲んだからって糸目さんをこのままには出来ないから介助者が欲しい。

適材適所です」


そう言って無精髭の兵士に「糸目さんの事をお願いします。ワキはもう良いので頭だけお願いします。温まったら冷やしてあげてください。人目につくと困るから氷は溶けたらそのままにします」と指示を出す。


こうして不思議な下山が始まった。

山賊たちが用意していた逃走防止の落石と倒木は最初だけですぐに平坦な道に戻った。

「良かったよ。大変だったよね。疲れたら教えてね」

手綱を持つミチトが馬に話しかけて、時折狼と熊にも周りの状況を質問する。


馬車の速度は馬が無理をしていないのにかなり速い。

「下りとは言え速いな…」

「この子が頑張ってくれているんですよ。ありがとう。でも本当、無理はしないでね」

馬が嬉しそうにヒヒーンと声を上げる。

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