第10話 あの日々に叩き上げられた。
「後は法改正された事がお前さんを不幸にしたのかもな」
「法改正…ですか?」
「悪用して一時金を荒稼ぎする連中が居ただろう?それによって一時金は大幅に減額されて3年目までは半年毎に報奨金が国から出たんだよ。
今度はそれもあって辞められなかったのかもな」
「あー、そうなんですね。
でもまあ食うには困らなかったんで。
それにここまで来れたのはあの日々が俺を叩き上げたからだと思います。
ファイヤーボールも最初は山賊と同じ拳大でしたし、ヒールもすぐに疲れてましたし…」
そう言って自嘲気味な笑いをしたミチトは食後に洗い物をする。
川の位置は狼に教えてもらった。
そう遠くはないが片道20分くらいの距離だ。
小隊長達には「逃げませんからゆっくりしていてください。俺じゃないと川の位置分かりませんよ」と言ってさっさと置いてきた。
左腕を不便そうに使いながら食器を洗うミチトの左手を気にするように狼が鼻を近づけてくる。
「ありがとう。君はずっとこの山に住んでるの?」
狼は悲しげな声を出したので別の山から動物使いに連れてこられたのだろう。
「ここはオーバーフローに巻き込まれるかも知れないから危険を感じたら人の居ない方に逃げるんだよ?」
そのやり取りの後、馬車に戻ると糸目の兵士は熱を出して苦しんでいた。
問題は想像以上に熱が出てしまっていた事だった。
ミチトは足早に山賊達の薬を確認したが解熱剤は見当たらなかった。
「解熱剤が無いから川から水を汲んできて一晩中頭を冷やしてあげるしかないですね」
糸目の兵士の額に手を当てたミチトが小隊長に意見をする。
「バカ言うな。夜明けまで何往復するつもりだ?
それにお前さんは狼が案内してくれるが俺達は狼の言葉も気持ちもわかんねぇよ」
現実的ではないと一蹴する。
「でもまだ道のりは半分残ってますから無理させられませんよ?」
「だからってお前さんが何かするのはおかしいだろ?戦闘に治療、食事の用意までして貰ったら十分過ぎる!」
正直移送中の人間にここまでさせるのは前代未聞だ。
「別にこの2日キチンと寝させて貰ったから大丈夫ですよ?」
「だから、なんで流刑地に移送されるお前さんが1番働くんだよ?」
「ほら、そこは俺、器用貧乏ですから」
「そうじゃねえだろ?」
小隊長はムキになるがその間も糸目の兵士は熱にうなされて苦しそうな声をあげる。
「ほら、苦しんでますって」
「しつこいな。お前さんが寝ないなら俺も寝ない」
小隊長がイライラしながらミチトに反論をする。
「いや、それだと明日の日中が困りますよ?ここは困った者同士で助け合いを…」
「そうしたらコイツが気張ればいいんだよ」
小隊長は無精髭の兵士を指差すと「うっす!日中は俺が頑張ります!」と言って胸に手をやる。
ダメだ…これは良くない展開だ。
まだ明日が最終日ならそれも良い。
今はまだ気が張っているから明日は乗り越えても最終日はそうは行かない。
集中が切れた時、何が起きるかわからない。
はぁぁぁ…最悪だ…
ミチトはそう思いながら自分が甘くて器用貧乏なのが1番良くないと自分を責める。
「状況を整理させてください。
糸目の兵士さんは高熱で苦しんでいる。
俺は寝ずの看病が必要だと思っている。
無事に川までの往復が出来るのは俺だけ。
でも小隊長さんはそれを良しとは思っていない。
俺が寝るまで小隊長さんは寝ない。
その分のカバーは無精髭さんが行う。
そうですよね?」
「ああ。だからとりあえずお前は素直に寝とけって、川には俺かコイツが行ってみるからよ?」
無理だ。
正直狼の案内無しで川を目指せば無事に戻ってきても夜の闇の中を歩けば往復に2時間はかかるかも知れない。
それを一晩中行うなんて自殺行為に等しい。
「はぁぁぁっ…。この後の事も黙っててくださいね?後はここの守りは狼と熊にお願いしますから小隊長さん達は俺と寝てください。
そしてこれからする事を、大目に見る事と黙る事を誓ってください」
突然色々と言い出したミチトに小隊長は「は?」としか言えない。
そこを追い込むように「お願いです」と言って目を見ると諦めた顔の小隊長が「…わかった」と言った。
「じゃあ狼さん達にご褒美の干し肉をあげたいので三切れください」
「あ?ああ…」
小隊長は本来夕飯に出すつもりだった干し肉を三切れ渡してくる。
ミチトはそれを手に取ると1匹の狼に「君にお願いしてもいいかな?俺の探してる草を知ってるかな?イメージ伝わる?」と話しかける。
「このお肉はそのお礼だから今食べても帰って来てからでもいいよ?優しいね。帰って来たら食べるの?」
そう言うと1匹の狼は駆け出して行く。
「よし、次だ」そう言ったミチトは熊に話しかける。
「ごめんね。少ないかもしれないけどこれで明日の朝まで僕達を守ってほしいんだ。いいかな?ありがとう」そう言って一切れの干し肉を渡す。
そしてそれをもう1匹の狼にも行う。
「はい。これで夜の番は安心ですよ」
ミチトが小隊長に話しかける。
小隊長は目を丸くして「お前さん…、それをR to Rでもやったのか?」と聞くとミチトは見せたことのない怒りの表情で「誰がやりますか!」と声を荒げた。
「は?何でだ?」
「あの人達はロクに働かないのに暇つぶしなのか面白おかしく動物を痛めつける人達です。一度近くにいた大型犬を使役した時に俺が使役をした可能性があるからと痛めつけようとしたんですよ。たまたま懐いたと言って誤魔化しましたが冗談じゃない」
あまりの怒気に小隊長は「…済まない」としかいえなかった。
自分が怒った事で小隊長が驚いてしまった事に気付いたミチトは「いえ、俺こそすみません。次です」と言って先程使った桶に手をかざすとを「アイスボール」と言った。
すぐさま桶に人の頭サイズの氷の球が発生した。
「…氷の魔術?」
「…そうですよ。この氷を砕いてタオルで包んで糸目の兵士さんの頭に乗せたり枕にしてあげてください。これなら川に行く必要はありませんよね?」
「…お前さん…火だけじゃなくて氷も使えるのか?」
「ええ、やるしかなくてやってみたら出来ました。
言いましたよね?俺、器用貧乏なんですよ」
ミチトが泣き笑いの顔で小隊長を見てそう言った。
小隊長達はミチトに質問したい気持ちを抑えて大人しく見守る。
その間にミチトは「服が濡れますが我慢してください」と言いながら糸目の兵士の脇の下にも砕いた氷を入れて行く。
少しして糸目の兵士が寒がると「もう少しだけ我慢をしてください…血が足りないせいもあると思うので辛ければ言ってください火を起こします」と声をかける。
その後、暫くすると狼が何かを咥えて戻ってきた。
それは解熱剤に使われる草だった。
「お帰り。助かったよ。お願いしていた物が伝わってて嬉しいよ」
ミチトが狼を抱きしめながら頬ずりをして感謝をすると狼が嬉しそうに喉を鳴らす。
「お前さん、草があっても解熱剤は作れ……やれんのか?」
「素人の薬よりかはマシですけどプロの薬師が作る薬よりは劣りますよ。幸い、鎮痛剤は山賊の薬にあったんでそれと合わせます」
そう言って皿とナイフを使って細かく刻んだ草と鎮痛剤を混ぜてお湯に溶かしていく。
しばらくして布でこして出来た薬湯を「味はかなり悪いですが痛みと熱が引きますから頑張って飲んでください。ゆっくりでいいですよ」と言いながら糸目の兵士に飲ませていく。
5分くらいかけて飲み終わった兵士を見て「吐きそうな時は頑張って我慢してください。それでも我慢が出来なかったら呼んでください」と言って溶けてきた氷を交換する。
氷の交換が終わった頃、あれだけ苦しそうだった糸目の兵士は穏やかな寝息を立てていた。
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