自世界
いよいよ物語は佳境に差し掛かる。
ジャネーの法則によれば人の1生の時間というものは生まれてから20歳までとその後80歳までの自身が感覚する時間の長さが等しいそうだ。
ならばよ。
20歳までに起承を広げ80歳に壮大なるフィナーレを迎え、その後書きを余生で綴る為の転結を畳む事。
これこそは私が思う自分の生きる意味。
「自世界」を作り上げる事こそが我が本懐。
して、内容は今作っている途中だ。
だがこれは果たしてどの様に残せるのだろうか?
自分の頭の中にはしっかり残るだろうが、
いやそうとも限らん。
ボケでもすれば横になる度耳からこぼれ落ちてしまうだろう。
くしゃみをすれば、涙を流せば、息を吐けばその尊き物語は書き出しから現行に至るまでを散らかすように消え落ちてしまうだろう。
そんな恐ろしい目になど遭いたくはない。
だから右利きの私は左手で箸を使っている。
兄がボケ防止だと言っていたから真似をしたのだ。
それに日頃健康に気を遣って外を走っているし添加物がどうとか巷で流行っている菓子なんかも食わない。
これだけ拘る事で自分の脳みそにはいつまでもニューロンが瑞々しいインパルスを走らせる事であろう。
いやいや何を脱線しているのだか。
私はボケない方法なんかを紹介するつもりでいるのでは無いのだ。
今私はどうやって自分の人生という物語を世に残すのかという事を考えているのだ。
ネタが尽きた作家のようにペンをいたずらにぐしゃぐしゃその場で走らせている暇はない。
自分をペンとしてこの世界の歴史の片隅にサインを書き残すのだ。
この世には様々な遺物がある。
それは音楽であったり絵画であったり。
もちろん文書もだ。建造物なんかもそう。
その中でも著名な物は遺産と呼ばれる。
それらは世界中に星の数ほど存在するが各史に爪痕を残せたのはほんの1握りだろう。
では自分が何か作り出した物で遺産として残せる自信があるものは何だろう?
今スマホを片手に画面をすいすい動かす君には何かあるか?
余談だが私のスマホで「すいすい」と打つと予測変換に「スイスインターナショナルエアラインズ」が出てくる。
予期せず長い予測変換が出てくるとちょっと嬉しい。
話を戻すが自分が自信を持っている分野とは少なからず皆持っているものだと思う。
だがそれを世界に名を残す程のものかというとそこまでの自信は無い。
なんてのが殆どの人々の考えではなかろうか?
ちょっと日本人的過ぎる考え方かも知れんが日本人なんだから良いだろう。
なんなら世界レベルの自信なんかも別に無くて良いんじゃないかと私は思うのだ。
人に胸を張って披露出来る程度のちょっとした自信さえあれば。
何故そう考えるかって、
これは経験則とも言うか、
私は過去にデザイナーを目指して独学で服を作っていた事がある。
それが出来上がると知人の経営する店に委託販売で並べてもらっていた。
それがまたポツポツ売れるもんだったので若かった私はすぐに図に乗ってしまう。
自分が1人前と錯覚した私は自分の名刺を作った。
当時自分で決めたブランド名を上部に掲げてその下中央には本名の間にニックネームなんか挟んだりして今思えば可愛い事をしていたもんだ。
それを自分の服を並べてる売り場に置いて更にアルバイトの店員も客の会計をする時にその名刺を渡したりしてくれていた。
こういう所から徐々に成長していくのだ、自分はまだまだこれからだと考えられなかったのが私の犯した間違いである。
私はこれでデザイナーの出来上がりと勘違いしてしまったのだ。
それからしばらくしてある日の夜。
服屋の近くで軽く飲んだ後、電車で帰る為に繁華街を抜けて駅へ向かう道中あるものが落ちている事に気付いた。
お察しの通り、私の作った名刺だ。
歩道の隅、踏まれたかのようにひしゃげて汚れた1枚。
気に入らなかったのか、いらなかったのか、どうでもよかったのか。
名刺はあの服屋でしか配っていない。
きっと手に取って見て1瞬の判断を以て捨てたのだろう。
これを見つけてしまった事で私の驕り立つ天狗鼻は見事にへし折られた。
自分のデザインを気に入ってくれた人は皆買ってくれていた。
気に入らないなんて言う人は見た事が無いと思っていた。が、
それは大きな間違いで、
自分のデザイン以外のアイテムを買った人の中の何割かは気に入りはせず、または興味すらももたず手に取らなかっただけなのである。
店に来た客の全員が私の作った服を買ったというわけでは無いのだからそんな簡単な事すら気付く事が出来なかった自分を今更恥じる。
本来ならそういった客の動向を見て次の1手を考えて進歩していくのが1人前だと思うのだがその当時の未成熟な精神であった私は自分のデザインを認められない者がいると気づき勝手に意気消沈しその後、服のデザインの1切を止めてしまった。
このオチの弱い昔話をして考えるに、私は自分の身の丈に合った自信を持つ事が上手く自分の特技を維持し続けるコツなのだと思う。
人に披露するにあたって、物怖じする事なく胸を張る事が出来る。
それでいて程よく謙虚でもある。
ならば精神的不意討ちによって心が折られる事もあるまいと。
それがあの頃出来ていれば目の前の現実を広く認めて1皮剥ける事も出来ただろう。
自信とは自身。
互いに成長しあって育つべき物である。
…
危うく終わる所である。
このままでは自世界が定まらないではないか。
いよいよ原稿の上がぐしゃぐしゃになってきた。
1度丸めて捨ててしまおうか。
いやそれは勿体無いな。
捨てるくらいなら誰かに見せてみよう。
ちょうど良い方法も思い付いた所だ。
これなら捨てずに済むしひょっとしたら多くの人の目に留まるかも知れない。
今まで何度もしてきた事の癖にいざという時にこれを手段として思い浮かばないとは私のニューロンは既に腐りかけか。
なんて言って私は鼻で溜め息をつきながらスマホの画面右上、
「公開」
をタップした。
自世界短編集 完
自世界短編集【カクヨムweb小説短編賞2021応募作品】 ロベルト @akirapark
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます