俺は弟。


生まれた時からそう決められていたのだ。


何故なら俺には1足先に、兄が生まれていたからである。


この"弟"であるという人生を俺は呪っていた。


何故なら俺のやる事は全て兄の作った轍を強制的に踏まされる事になっていたからである。

更に自分を後回しにされ、無意味な比較もされ、

歪まされていくのである。


兄は好奇心旺盛で様々な事に興味を持った。

そんな兄を見て両親はスポーツや語学等の習い事を兄の望むままに取り組ませた。


しかし弟である俺は科学や生物の図鑑に興味を示していたが両親によって兄と同じスポーツ、同じ習い事をやらされる事を強制される。


元々運動は得意じゃないのに何でこんな辛い事をしなくてらならないのだろう。

習い事だって自分はもっと理学系を勉強したいのに。英語なんて興味も無いのに頭に入る筈無いじゃないか。


兄はしたい事をしている。俺はしたくない事をやらされている。


両親は兄弟を同1に正しく育てていたつもりのようだがもっと子供の意見を聞いて欲しいものだ。


その扱いの差は弟である俺がこれ程自覚しているように勿論兄も自覚しているのだ。


ただそれは兄として優しく弟に接してくれるようなものでは無い。


子供の頃からひたすら兄は俺に、


「弟は兄には敵わない」と刷り込んできた。


そんな暴論に反抗した所でだ、子供の年の差というものは体格に顕著に現れており、尚且つ進んでスポーツをやっていた兄に嫌々やらされていたような俺が敵う筈もない。


返り討ちに遭って子供の歯も良く折られたものだ。


その頃から俺は子供ながらに理不尽に身を任せて流される事を覚えてしまった。


兄弟の上下関係がはっきりしてしまうとそれは最早主従関係に近いものになる。


やがて進学して兄弟が別々の進路を歩み出すようになると兄弟の同調圧力からやっと解放される。


ならもう"弟"である事を呪う必要は無くなるのか。

いやそんな事は無く俺は更なる扱いの差を目の当たりにしてより1層強く呪った。


兄はあれだけ自分のやりたい事をやらせてもらった癖に定時制の高校へ行きながら音楽活動を始めた。


両親による投資はこの時点でパアになってしまっているではないか。


それなら初めからそんな事をさせずに俺にも好きな事をやらせて欲しかったと思う。


結局兄は習い事も全て受験勉強に腰を据える前にやる気が無くなって辞めてしまったのだし。


この時、兄が習い事を全て辞めると言い出すと両親はすんなりと了承してしまう。

更に両親は驚愕な事に俺にも辞める事を勧めてきたのだ。


そんな轍まで踏ませる事は無いだろう。

嫌々ながらに俺は俺で頑張ってきたつもりだが端から俺に対する期待はその部門に無かったのか。

じゃあ辞めよう。やってられるか。



兄が入学した学校は全日制であれば地域でも有数の進学校であり、両親は定時制にも関わらずその学校名を肩書きに持った兄を誉めた。


俺は納得いかなかったがまあもう進む道は大きく変わった。

これで少しは自分の事に集中出来ると思っていた。


俺は兄とは別の、それもちゃんと全日制の高校に上がると3年間クラス委員に立候補し生徒会役員にも所属した。

ここで俺は大学進学に向けて基本的な資格を取る事にしてアルバイトで受験料を貯めながら勉学に励んだ。


資格の等級も年毎に順調に上げる事が出来て自分が受ける大学も決めた。


この頃兄は何を思ったか定時制高校を自主退学して音楽に本気を出すと言い出した。


勿論両親は快く受け入れる。

待て待ておかしいだろう。

今までの俺が知らぬ愛情を目に見える形で注いだ結果それを全て蹴り放すつもりだぞこいつは。

新たに目前に敷かれた轍に俺は戦慄していた。

まさかもうこんな所でも足を引っ張ってくるなんて無いだろうなと。


しかしその不安は現実のものとなってしまう。


「お前の入学金は払わない」


なんて事を俺は大学の合格発表で自分の番号を見つけて人生で最も浮かれていた日に言われた。


もうここまで来ると流石に慣れてしまっている自分がいたが、

「元々お前に金を出す気は無かった」

いくら慣れてきたと言えどそれはいくらなんでも傷つくというものだ。


結局大学には入れず急に職探しも上手くいく訳もなく俺はフリーターとしてアルバイトに精を出していた。


少しずつ金を貯めてこんな家から早く出たい。その1心でのみ俺は動いていた。


家では時折兄がバンド仲間を連れて両親と仲良く宴会をする事があった。

俺も空気ぐらいは読めるので多少会話してから部屋に戻る。

するとバンド仲間の1人が唐突に部屋に入って来て床に寝転んだと思ったらそのまま寝てしまった。

呆気に取られていると兄が後からやって来て、

「こいつは今日泊まるから。布団敷いてやってくれ。」


泊まるからじゃないだろ。

1言先に言う事もあると思うんだけどな。

とりあえずこのまま放置して風邪でも引かれてはたまらないので薄い布団をかけてやる。

俺もため息をついてうんざりしながら床に着いた。


朝起きるとバンド仲間は起きていた。

起きたならさっさと居間に行けば良いのに、

充電器から人の携帯電話を外して自分の携帯電話を繋いで図々しい様だがまさかこれがロックだとか言わないだろうな。


しかしもう限界だ。

俺はこの家を出よう。

もういいだろう。


その夜俺は両親に家を出る事を告げた。

返事は意外というかやはりというか引き留めに来る内容であった。


まあそうか。

愛する長男に好きな事をさせる為に便利な存在は1人必要だろうからな。


だがそうはいかない。

もう決めた事だからと押し通して俺はアルバイトへと出た。


やっとだ。

これでガタガタな轍を降りて自分で新たに道を作る事が出来るのだ。

アルバイトの合間にインターネットでアパートを探していると思わず鼻歌が吐息に混ざる。



相変わらず兄はバンドをやっている。

バンド仲間と飲食店でアルバイトをしながら活動しているようだが子供の頃からあれだけ両親の投資を受けてきたのだ。

そろそろ還元してもいいだろうに何を考えているのだか。

そんな事を俺は夜、部屋で1人考えていた。

最近は他所で飲んでから帰って来るのか遅い時間にドアが開く事が増えてきた。

まあもうすぐ出ていくのだから知った事では無い。


引っ越したら自分で金を貯めて資格を取ろう。

自分のしょうもないキャリアでも役に立つようなものが良い。

大学に行けなかったのは残念だがまだ何とかなる筈だ。

やりたかった事も何も諦める必要は無い。

今時仕事をしながら別で自分の好きな事を独学で副業にする事だって出来る。


段々と先が明るく見えてきた。

俺の人生はこれからである。


そう希望の火が着いた所で


どさりと家の外から大きな音がした。


なんだろう。


両親も起きてきたようだが。


俺は気になって外へ出るとちょうど兄の部屋の真下ら辺に大きな何かがあるのが見えた。


兄の部屋の窓は開いている。


俺は恐る恐る手に持った携帯電話のライトで照らすとそこには


うつ伏せに横たわる兄の姿があった。


救急車を呼び警察を呼び、

両親と共に兄が運ばれた病院へ向かうが兄はそのまま還らぬ人となった。


何故こんな事になったのか。


後から解った事だが兄は薬物に手を出していたようだ。

最近良く夜更けに帰ってきていたのは外で薬遊びをしていたのだろう。


馬鹿な事を。

最後までとことん両親の期待を裏切り俺の足を引っ張って。


せめて貴様が1曲でも売れて両親に恩返し出来なきゃ俺がぞんざいに扱われてきた意味すら無くなる。


涙等出なかった。

俺が泣かない代わりに両親が毎日号泣している。


俺は兄の49日が終えるまでは実家にいたがそれが過ぎると見計らったように1人引っ越した。


もう両親は俺を引き留める事も無く、無気力に日々を静かに過ごしていた。

じゃあと1言残し去る俺に大した見送りも無く。

まるでトカトントンと釘を打つ音を聞いてしまったかのようだった。



こうして俺は今生まれて初めての自由を謳歌している。

1人だから勉強に集中も出来るし金もそんなに使わない。

資格試験にも合格してそれを活かす仕事について空いた時間で元々好きだった生物の生態を調べたりしてのんびり過ごしている。


だが。


どうも最近体の調子を崩したり、仕事が途中でおじゃんになる事がある。

大事に至る事は今の所無いのだが、

そんな事が起こる度に、

兄があの世からも同じ轍を踏ませようと仕掛けているのでは無いかと思ってしまう。

そして両親も、

兄が喜ぶならとそれを望んでいるのではないか、とも。




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