谷島探偵事務所【中編】


旅先で知らされた両親の突然の死。

余りにも唐突に訪れる絶望に谷島の精神は崩壊していた。


周囲からも心配されていたが谷島は急に広く感じられるようになった家を1人徘徊しながらろくに食事も摂らず体は日に日に衰弱していく。


そしてとうとう立ち上がる気力も失せた頃、谷島の脳内で1筋の電気が走る。


両親は何故命を奪われた?


精神が完全に病んでしまった谷島の中でただその疑念だけが唯1思考していた。


警察は両親の直接の死因は首を絞められた事による窒息死だと言っていた事を思い出す。

今も殺人事件として捜査されているが家を荒らされた様子は無く物盗りではなく怨恨による犯行の可能性が高いと。


あの優しい両親がそんな恨みを買うなどあるものか。

真実がどこかにある筈。


その真実を求めた時、谷島の脳内に発生した電流は痩せて弱った体を鞭打って叩き起こした。


谷島は思い出したように電話を取り学友の1人、村井に連絡を取る。

村井は卒業旅行にも動向しており車を運転してくれていた男で谷島の中学生の頃からの旧友でもあった。


村井に電話をかけるとすぐ繋がり、どうした、大丈夫だったか、とずっと気にかけてくれていた事を告げられる。

心配をかけて済まなかった。

久しぶりに人と会話をしたという事もあり谷島は何をどう話せば良いか迷ったが村井が気を利かせてくれた。

仕事が終わったらそっちに行くから飯を食いながら話そうと、

ああありがたい。じゃあまた後でと電話を切り1息ついて谷島は村井と話す為に頭の中を整理する。


谷島の精神は平常を取り戻し徐々に覚醒してきている。

これから自分はやらねばならない事が幾つかある。

それは最終的に、真実を知る為にである。


夕方、カラスが晩飯時を知らせる頃に村井から駅前のファミレスで待ち合わせようと電話があった。

谷島は了解し早速家を出るとしばらく浴びていなかった夕日の光りに当てられ思わず深呼吸し外の空気を肺の中1杯に吸い込む。


よし、行こう。

この時谷島は完全に目を覚ました。



駅前のファミレスまでは徒歩で15分程で着く。

その筈だったのだが谷島の体力は想像していたよりもずっと落ちていた。

人間の体は1日寝っぱなしでいると全身の筋肉が1%程落ちると言われているぐらい弱りやすい。

なのに飯もろくに食わず、ただ家の中を歩くばかりでとうとう歩く事さえも億劫になっていた所でなんとか気力の予備電源だけで動いていたのだ。

ちょっとゆっくり歩いて行こう。遅れる事を村井に伝えて谷島は少しずつ歩を進める。


結局ファミレスには30分と普段の倍時間がかかってしまった。


中に入ると村井が手をここだと示してくれた。

やはり先に着いていたようだ。


久しぶりに会った村井はスーツを着ていかにもサラリーマンといった出で立ちで髪も清潔感のある短髪になっていた。

ただ勤め出して日が浅い事と元々背が低い事もありスーツ姿はあまり様になっていない。


この村井と今日会った事で、谷島の針が止まっていた時計が漸く再び動き出す事になる。



谷島「お待たせ。遅くなってごめんな。」


村井「良いよ良いよ。しかし久し振りだな。急に電話なんてしてくるから驚いたけど。その、なんだ、もう大丈夫なのか?」


谷島「うん、だいぶ周りに心配かけちゃったけどな、もう大丈夫だよ。とりあえず久々にがっつり飯が食いたいね。」


軽口も言える程度には立ち直っているようで良かったと村井は安心する。


村井「えらく痩せちゃったもんなあ。よしここは俺が奢ってやる!好きなだけ食え!」


村井の男気に食い気を滾らせた谷島はメニューを手に取りよし食うぞと意気込むがファミレスの美味しそうなメニューの写真にちょっと胃が焼ける。

流石に急に飯をかっ込むのは良くないかな。ここは大人しくパスタにサラダぐらいにしておこう。

やっぱりそんな食えないかと村井は笑っていた。


結局谷島はペスカトーレ風のスープパスタにサラダをつけて、村井は生ビールの大ジョッキとフライドポテトを注文した。


生ビールが先に持ってこられて村井はお先と1言言って飲み出す。


注文した料理を待ちながら、谷島は話を始めようと切り出した。

村井もああ聞くよ、と身構える。


谷島「今回家に籠っちゃってからずっと考えてたんだけど、警察からは両親は怨みを持たれていた相手に殺害されたと言っていたが俺には両親がそんな人から恨まれるような事があったとはどうも考えられないんだ。

だから俺は、

自分でこの事件を調べて真実を明らかにしたいと思ってる。」


村井「確かに葬式で親戚さんがそう話してたのを聞いてたけどすごく優しい人だったもんな。俺も信じられないと思うよ。

でも調べるってどうするんだ?」


谷島「警察に入って捜査出来る環境を手に入れる事も考えたけどそれでは他の仕事で自分の時間が大きく削られるからな。」


村井「そりゃそうだ。じゃあ?」


谷島「突飛な案かも知れないけど、探偵事務所を開こうと思ってる。」


村井は飲みかけたビールを吹き出しそうになるがなんとか飲み込んで噎せながら返した。


村井「本気かよ?どうやってやるんだ探偵なんて。」


谷島「冗談を言う為に電話した訳じゃないからね。探偵業法っていうのがちゃんとあって手続きをすれば誰でも探偵を名乗れるんだよ。」


谷島が話している途中で注文していた料理が運ばれてくる。


村井「そんな簡単になれるんだな。でもやるなら事務所を構えたりしなきゃいけないだろ?お金もかかるんじゃないか?」


村井はポテトをつまみながら旧友の真剣さを測る。


谷島「お金はね、両親の遺産が親戚達と分けた分があるし今の家も広過ぎて色々思い出して辛くなるから売ってこの辺のビルの空きテナントでも借りてそこに住んじゃおうかと思ってる。」


村井「そうか。なら良いけど大変だろうな。本気なのは伝わって来るけど警察だって捜査してるんだから任せる訳にはいかないのか?」


谷島「警察の捜査が進むのをただじっと待ってるだけじゃとても我慢が出来ないんだ。

何かしてないと頭がおかしくなりそうになるよ。

それに犯人が今も捕まってないこの現状で安心して待つ事も出来ない。

なら、

俺から動くべきだと決めたんだ。」


谷島が決意の程を言い切ると手持ち無沙汰にパスタへ手を伸ばす。

村井は谷島の話を聞いて黙ってビールを口に運んでいた。


無言のまま少し経ち、谷島が口を開く。


谷島「だから、村井には何か協力してくれとか言うんじゃなくて。ただ、なんだろう、こんな事件があってきっと俺は少しおかしくなってるんだ。でもそれは治る物であって治す為には自分で行動しなきゃいけないから。

その過程で俺はまた精神的にやられそうになる事もあるかもしれない。

そんな時、またこうして一緒に飯でも食いながら話を聞いてくれよ。」


谷島が照れ臭そうに言うと村井ははっと笑い


村井「そんな事言うのにどれだけ溜めるんだ。水臭い事言ってないでいつでも連絡して来いって。

谷島もどうも本気みたいだしな、応援するよ。」


谷島「ありがとう。」


こうして久々の会合も終わりお互いに帰路に着く。

その道中で谷島は久々の満腹感に少々胃を焼きながらも昔から変わらぬ旧友に対する感謝の気持ちを噛み締めていた。

そして両親の死の真相を必ず突き止めると誓うのである。

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