俳人

ブルースのかかった小洒落た部屋で

数本の安酒の瓶とつまみの菓子が置かれたテーブルに足を崩して向かい合っている男が2人。



「エビピラフ、カレーライス、オムライス。」


「それではダメだ。季語が入っていない。

大体なんだ?その句は。俳句とも言い難いただ食いたい物を並べたじゃないか。稚拙だね。」


「人の家に呑みに来といてなんだその言い種は。

哲が5、7、5で1句詠んでみろと急に言うもんだから合わせてやったんじゃないか。

大体きごってなんだ?それにお前がいくら頭が良いからってちせつとか人のわからない言葉を使うもんじゃない。」


哲「あれ?君はそんな阿呆だったか?賢司の名が泣くぜ。

季語ってのは句の中に入れる季節を表す言葉の事で今は秋だから紅葉とかがある。

これを入れる事で俳句が成り立つんだ。

有季定型というのだよ。それにな」


賢司「ちょっと待て待て」


やれやれと話す哲に賢司は食い気味に止め入る。


哲「何だい」

賢司「季語ってのはわかった。なるほどそういう事かとな。

だが更にゆうきていけいだと?新しい言葉を出す前に先の説明をしてくれなきゃ頭が追い付かんよ。」


哲は半ば呆れかけたが賢司は聞く気はあるようなのでしっかり教えてやろう思ったのかふんと頷いた。


哲「そうだな確かに1つ抜けていたな。

稚拙というのはな

正に君のような者を指す言葉さ。

いわゆる幼稚ってやつだよ。

そして有季定型は"季節を有して定まる型"と書くんだ。わかったかい僕?」


哲がゆっくり指で宙に字をなぞりながら小馬鹿にした風に言うと賢司は1笑いしてため息をついた。


賢司「ああ"僕"でも良くわかったよ。相変わらず教え方が上手いじゃないか。

教師にでもなったらどうだよ?」


賢司の軽い返し口に哲も口元が緩み口角を上げる


哲「教師なんて勘弁だね。君みたいなやつを何10人も集めて話なんか出来るもんかよ。

胃に穴が開いちまう。」


賢司は「間違い無いな」と声を上げて笑う。

それに釣られて哲も笑いながら1段落つけるように酒を注いだ。



1時険悪な空気が流れかけたがどうやらこれが2人の普段の会話のようだ。

中々良い関係である。

哲は端正な髭1つ無い顔立ちで上まで留められたボタンダウンのシャツが良く似合う青年だ。

1方賢司はというと顎まではあろう波打った髪を無造作に分けて髭を蓄えた無頼漢といった見た目で、時折逞しい手で髪が目にかからないよう分け直している。

長袖を着る哲とは反対に暑がりなようで半袖の作務衣を着ているがこれも良く似合っているものだ。

こんな見た目から中身まで正反対な2人気が合うとは珍しい。きっと長い付き合いなのだろう。


浪人と

役人様の

月見酒


なんて所か。


哲「所で元の話だよ」

賢司「何の話だっけ?」

哲「君は鶏か。俳句の話さ。」

賢司「ああそうだったな。そういえば何故また俳句をやろうと?」


哲「そうそう、いや会社の上司が好きでな。たまたま飯の席で俳句の話をされてちょっと興味が沸いたから少しかじってみてついでに上司にゴマをするのにも使えるかと思ったのさ。」


賢司「ふうん。えらく健全な動機だな。

しかし俳句なんてただ詠むだけだろう?何が楽しいのか俺にはわからないな。」


哲「君は本当に俳句を知らないようだな。

例えば良い歌を聞けばその歌詞の意味を知って中の風景や登場人物の心境などが浮かぶだろう。

それをたった3行、17文字で人に感じさせるんだ。中々崇高だと思わないか?」


賢司「なるほどそう聞くと馬鹿に出来ないな。」


哲「だろう?しかもコンクールも有って賞金だって出るんだぜ。

まあゴルフと違って加減の仕方がわからないし良い悪いを人が決めるから上司とやるには不向きだけどね。」


賢司「良いじゃないかさっきの俺の俳句を使えば」


賢司の気の利いた1言でまた2人共大笑いする。


賢司は作務衣なんか着て哲よりも俳句が出来そうななりをしてる癖に阿呆だがこういう気の利いた返しが上手い。

良い調子で2人が笑う度に酒が減りいよいよ底を尽きかけてきた。


深酒も

秋の夜長を

言い訳に


少し違うか。


哲「なあ」

賢司「お?どうした?酒ならもう空だぞ」

哲「酒はもういいかな良く呑んだ。

君は俳句を詠む人をなんて呼ぶか知っているか?」

賢司「いや。知らないな。俳句という字を辛うじて知っている位なのに。」

哲「ははっ確かにな。俳句を詠む人の事は俳人と呼ぶそうだ。」

賢司「へえそのまんまだな。それがどうかしたのか?」


哲「多分今この部屋に俳人が来てるぜ」


賢司「?なんだそれは。お前の事か?」


哲「いや違うよ。何かな。気配がするんだ良くわからないけど。」



賢司「おいおい怖い事を言うなよ俺の部屋だぞ。酒が覚めちまう。」


哲「俳句の話をしていたからかな。

俳人て字を書いてみなよ。」


賢司「なんだよ全く。」


賢司は紙とペンを取り出し字を書き出した


賢司「これがなんだってんだ。」


哲「字を良く見てみなよ。何か気づかないか?阿呆だからわからないかな。」


賢司「…いや阿呆の俺でもわかったぞ

こういう事だろう。」


賢司が字を足して書き直す。



人に非ず人



流石に気づいたか賢司も哲と同じように気配を感じてさっと周りを見回した。


これは不味い。さっさと退散しよう。



哲「あれ?」

賢司「どうした。」

哲「気配がしなくなったぞ?」


賢司「ああ本当だ。でもやっぱり気のせいだったんじゃ?俺も字を書いた時に何かいたような気はしたけど」


哲「いやあれは確かに何かがいた気配だよ。

お化けか何かかもな」


賢司「やめてくれやめてくれ。お化けだとしたら何で俺の部屋なんかにいたんだよ。」


哲「そりゃ人に非ず人だからな。俳句の話に釣られて寄ってきたんじゃないか?」


賢司「そんな迷惑な。じゃあ今後俺の部屋で俳句の話は禁止するからな。」


哲「なんだよ怖がっちゃって。稚拙な男だな」


賢司「うるせえ」



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