第2話 筆記
呼び掛けられて振り返ると、女性が立っていた。
背が高い。思わずバリ高い靴でも履いているのかと視線を落としたが、
そうではなかった。俺はたしか180後半はあったと思うので
ざっと見積もって180前後はありそうだ。
「あ、いやまずトイレにでも行こうと思いまして、あ、受験もしますけど」
「そうですか。トイレでしたらこの先まっすぐ進みまして、その突き当りを
右に曲がりますと、男子トイレがあります。」
「ご丁寧にありがとうございます。」
「お役に立てて幸いです。それでは後程お会いするのを楽しみにしております。」
「はぁ どうも」
彼女はお辞儀をして歩いて行った。
トイレに向かいながら、またバカなことを考える。
なかなかの、いやすごい美人だった。いや美少女というべきか。
何となく幼く、自分より年上ではなさそうだが、落ち着いていた。
目鼻立ちが整っており、つやのある長い髪も相まって大和撫子という感じだ。
笑顔を作っていたようだが、目は笑ってはいなかった。
ぶっちゃけちょっと怖かった。
少なくとも俺が今まで会ったことのないタイプの人間であることは確かだ。
さらにスタイルも良かった。はてしなく肩がこりそうなその胸は、大衆の視線を
引きつけることにとっくに慣れているだろう。
あれぐらいの美人はやはり週6ぐらいの頻度でヤッているのだろうか。いや週14か。
それとも意外と経験値は0だったりするのか。
後程お会いするのが楽しみだとか言っていたが、あれは冗談か、もしくは俺を
ストーキングするつもりなのだろうか。
もう少し色々と凝視しておけばよかったとも思ったが、これ以上思い出すと排尿に
支障が出そうなので頭を空にする。もともと頭に何も入っていないせいなのかも
しれないが、頭を空にするのは得意だ。
トイレを済ませて一次試験の会場に向かう。受験票の呈示も忘れてはならない。
思っていたよりはだいぶ人が少なかった。
試験会場には独特の空気がある。自分の席に着く。
採用試験は、午前が筆記の一次試験、午後が面接だ。
試験官的な人が来て、問題を配布する。試験が始まる。
個人的には試験は鉛筆に限ると思う。
開始1秒、面食らった。
一応公務員試験の過去の問題は確認してきたが、この日の試験問題ははっきりいって
わけわからんものばかりだった。
なんか気味の悪い形が紙面に並ぶ。これは現代アートか、はたまた幼児の落書きか。
運転免許を取るために教習所に行ったときに受けた、何とか検査に似ている。
こんなときは、頭を空にする。
だいだい、バカが焦ったところで何も変わらないものだ。
試験は終わった。
ふと深く息を吐くと、隣の受験者が声を掛けてきた。ぱっと見、俺と同世代だ。
「やっぱり、あなたもこの試験、受けさせられたんですか。」
「えっと あ いや 自分はネットの募集をみて受験しています。 なんか前の仕事
クビになっちゃいまして」
「……そうですか。 やはり事情を知っているのは 私ぐらいですね。」
彼は会場を出ていった。意味深なことを言いたい年ごろなのだろうか。
中二病は中二ぐらいだからまあ許される場合があるのであって、大人が発症すれば
精神科である。
午後の面接に備えて、昼飯を食べに出る。適当に済ますと、今度は喫煙所を探す。
普段はそこまで吸いたくはならないのだが、こういう時に限って吸いたくなるのは
なぜかと思う。少し歩くと、シケたコンビニにシケた灰皿があった。
火をつけて、煙がひろがる。この試験に落ちたらどうしようか。
ま、仕事は選ばなければあるだろう。
午後の面接は、午前の試験を合格した受験者が対象となる。
さながら運転免許の学科試験のように、合格者の番号が液晶画面に表示されるのだ。
合格した。俺は実は天才かもしれない。
受験者控室の椅子に座る。それとなく周りを見回すと、面接を受けるのは
十数名といったところだ。今更だが、自分より年上っぽい人ばかりだ。
氷河期世代とかいうやつだろうか。まぁ、全て時代のせいにできるとは思えないが。
自分の名前が呼ばれたので面接室へ向かい、ノックして入室する。
「失礼します。」
入室した俺の前には、数時間ほど前に俺をトイレと劣情へ導いた彼女が座っていた。
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