現世はとてもとても地獄であった。
閻魔大王が赤ん坊を自ら育てると言い出して、地獄は一騒動起きた。
そりゃそうだ。死んだ人間に会いに冥界下りをする人間が居なくなった時代で赤ん坊を育てるとなれば一大事だ。
四方八方から反対の意見が出たのだが、閻魔大王は頑固として赤ん坊を育てる意思を捨てず、最終的には残り9人の十王を諦めさせた。こうなった閻魔大王は補佐官にしか止められないのだが、その補佐官は閻魔の意見に付き従ってたから。
「じゃ、どれにするか早いところ決めましょう」
「まだ2週間だぞ!?」
「ちょ、ちょ、五月蝿い。赤ん坊、起きちゃうから静かにしろ」
閻魔の屋敷にこれでもかと言わんばかりのパンフレットを持ってきた補佐官。
パンフレットの内容は何処にでもある大手の塾から水泳のクラブまで多種多様であり、元から巨人と呼ぶに相応しい大きさの閻魔大王並の分厚さがあるパンフレットの量に閻魔大王は引く。
「なに言ってるんですか、今時こんなの常識ですよ」
これだから古い親父はと閻魔大王に呆れる補佐官。
流石にこの量を1度にやっている人間は居ないがそれでもこの中の1つをやっている現代人はごまんといる。
閻魔大王が赤ん坊を引き取って二週間目でこの中のどれかをやらせるのはあまりにも早すぎると思いがちだが、英才教育は超絶環境主義でありやったもんが勝ちである。
「これだけでなく、今後の事もちゃんと考えてくださいね。この子だけが特例なのは示しがつきません」
赤ん坊を育てる事に対して文句は無い。
ただ、その赤ん坊が1人だけ特例として認められる事に対してはきっちりと意見をする。1人だけ特例を認めて他が真似をしだしたらその他を怒るのは大きな間違いである。
腐った蜜柑が他の蜜柑を腐らせるのでその前に腐っていない蜜柑を腐らせない様に処置をするという現代の小学校でよく見る事は絶対に認めない。
今後、赤ん坊の様な一例が生まれれば同じく閻魔大王が育てると言うわけにはいかない。何かしらの対応が必要になる。
「吾が輩が育てるというのは……」
「1年に何人の死者が出てると思ってるんですか?そんな事をしていると日本の地獄が根底から崩れます。大体、あんた保育士でも教師でもなんでもないんだから、出来ることが少ないでしょうが」
「ぐ……」
「お前、ちょいちょい閻魔に逆らうよね」
仏は補佐官の方がパワー持ってね?と少しだけ疑問を持つ。
「そういえば、あの子の名前をまだ決めてなかったけどどうする?」
ふと思い出したかの様に赤ん坊の名前を話題に出す。
名字はその親の物で決まるとして、名前というのは非常に大事な物である。閻魔大王もそう言えば決めていなかったなと思い出したかの様に顎の髭に指を触れる。
「この赤子はハーフではなかったな?」
「ええ……と言うかハーフだと一回、諸外国の地獄を挟むでしょう」
日本人が死ねば行くのは日本の地獄、エジプト人が死ねばエジプトの地獄に行くこの世界。
海外との貿易が盛んとなったお陰でハーフの子供が生まれるようになり、死後、何処の世界に行くかを一時期揉めていた事もあり、最終的には本人に決めてもらうことになっている。
日本生まれだがイギリスでクリスチャンになった日本人は自動的にキリスト兼のEUの冥界に行くし、逆にイギリス育ちだが、日本に在住して日本永住の資格を持っている人が死ねば日本の地獄に行く。
基本的にはその国の地獄、その人の所属している宗教の地獄に行く事になっており、仮に赤ん坊がハーフでエジプトとのハーフだった場合はエジプトの冥界の王、オシリスとどっちの地獄に行くか話し合いになったりする。
「それで名前をどうしますか?」
「そうだな……出来れば、苛められない名前がいいな」
「最近だとアレだからね。あの~キラキラとかなんか宛字みたいな変な名前の奴、多いからね。やっぱり此処は逢えてのベタで良いんじゃないの?」
因みにだが200X年当時、現世ではそこまでだったが、キラキラネームは既に地獄では問題と言うかシンプルに読みづらいの意見があった。まぁ、
「では、高クオリティな子供になるという事で一流でどうだろう?」
「クオリティって、子供を物みたいに扱うな!」
「いやいや、扱ってないでしょうに。一流ってのは、いいけどもなんかこう流って感じが流れるとかそういうお釈迦になる、仏だけにお釈迦になりそうだから、なんか別の字にしない?」
名前の読み方はそれだと賛成するが字が嫌だという。
オシャカとは業界用語でダメになる。1番に流れると書いて一流なら、1番最初にダメになるとも取れる。
「あ、じゃあ青龍の龍でどうでしょう?」
「それだとヤクザっぽいでしょうが!」
龍とかつけたらヤクザっぽいの意見が出るが、それだと坂本龍馬はなんだという。
しかし、龍だと厳つい名前のイメージがあるのはあまり否定は出来ない。二つ名に龍がつく奴は大体、ヤクザである。
「龍、竜、柳……劉備玄徳の劉でどうだろう?」
「いやいや、閻魔ちゃんさ……この子、日本人だよ?」
劉備の劉は王族の名字である。
それをつけるのはどうかと思うと仏は意見をするが、これ以外に無いなと閻魔は聞く耳を持たない。
「劉備玄徳の様に心優しく、それであり何事に対しても一級品な男の子、一劉に決定だ!!」
後の閻魔の三弟子と呼ばれる一劉の命名がこんな感じで行われた。
赤ん坊の名前が決まったので早速、パンフレットに目を通していく閻魔大王。
「塾の割合が多いな……」
やはりなんと言っても目につくのは一般教養の塾。
英語だけ英会話教室と別枠に作られたりしており、それだけ日本の勉強(学校で教えられる範囲)が年々広まっているということになる。
「どれにすれば良いと思う?」
「さぁ?」
「知らねえよ?」
これでもかとあるパンフレット。
人の一生を文字通り見る事の出来る閻魔大王の速読のスキルは凄まじく直ぐに読み終わるのだが、読み終わっただけで、なにが良いのかが分からない。
塾もマンツーマン方式や■■ゼミ式等、色々とあり簡単に選んでしまえば子供の将来に響く。特に勉強系は学校を見ても分かるように担任によって当たりとハズレが特に酷い。
補佐官と仏に意見を求めてはみるのだが、残念ながら見た目と異なる実年齢で、現世の事情に詳しいがそういう細々とした意見は持っていない。
「こういうのって大体、家の近所とかで決まるから」
身も蓋もない事を言い出す仏。
しかし言っている事は間違いない。家の近くにある塾だからその塾を選んだ、近所にラグビーのクラブがあったからラグビーをはじめた。
習い事なんて基本的に近所でやっていたか教育熱心な親がコレをやってほしいでやらせているかのどちらかであり、いざ選びたい放題と言われてもピンと来ない。仏にとって子供が元気にすくすくと育つ以外は特に無いのである。
「いっそのこと、家庭教師なんてどうでしょうか?」
選ぶに選べないとなり別の案を提案する。
「家庭教師って、夢枕でもするのか?」
現役の教師の夢に出て、勉強を教わるのか聞く仏。
そんな事はしなくていいと補佐官は閻魔帳を取り出して大王に見せる。
「現役バリバリの学生の死者に教師を頼みましょう。どうせやることなくて暇な奴等が割と多いですし」
「お前、何時か罰が当たるぞ」
「鬼神に罰を与えれる人物は早々に居ませんよ」
死者を冒涜どころか使いっ走りにする。それが日本の地獄クオリティ。
色々と論理的な問題がありそうだが、そんなものが崩壊している3名は現役バリバリの自殺学生の亡者を呼び出す事に成功した。
「あの、自分になにか様ですか?」
「いやなに、この赤子の現世の勉学の面倒を見てほしいのだ」
「はぁ……自分がする前の段階ですよ?」
まだハッキリとした自我にも目覚めていない赤ん坊。
どれだけ優れた教師であろうとも、赤ん坊過ぎる赤子に物事を教えるのは難しい。自殺してしまった学生は今の段階では無理だと首を傾げる。
「では、どうすればいい?」
「DVDかなにかを見せれば良いと思いますよ。赤ん坊でもその辺はしっかりしてますので」
どれぐらいしっかりしているかは分からないが、取りあえずは英語のDVDでも見せておく事に。
ある程度の自我が芽生えたら学生の亡者に家庭教師をしてもらうという事で話は終わるのだが、その話以外にも別の話があった。
「お前は何故、自殺をしたんだ?」
閻魔帳を開き、目の前にいる大学生の経歴を確認する。
ぶっちぎりの好成績とは言わないが進学校に通えるぐらいには地頭も良くて生徒会活動等にも勤しんでおり、友人関係のトラブルがあったというわけでもない。割と良好な人生を送っている様に見える。それなのに自殺をした。
「もう、疲れました……ただそれだけです」
これだけの経歴を持っていて自殺した事に疑問を持つ閻魔。
大学生から出てきた答えは酷く疲れた答えであり、生気を全くといって感じない。
「毎日、毎日必死になって頑張りました。正直、二次関数辺りからなんとなく分からなくなったりもしましたけども、それでも必死にくらいついて勉強をして、生徒会活動もして内申点を稼いだりしました……けど、何処も雇ってくれません」
「あ~うん」
現世の事情を一応は知っている仏。。
就職氷河期全盛期とは言わないが、それでも就職が圧倒的なまでに困難になっているのは間近で見るとなんとも言えない。
「就職活動に失敗し続けてて、ふと気付いたんです。自分、老人ホームにいるジジイ、ババアより長生き出来るのかなって」
「それは……」
「最近になって気付いたんですよ。必要なお金と貰える給料の差が、年々酷くなってるって」
これから先、人生は色々とある。
結婚という人生に1つのピリオドをさす一大イベントが待ち受けている(かもしれない)。
しかし、結婚するとなれば相手を養わなければならないのだが、貰える給料から家賃やら税金やら生活費等を引いてみると赤字になっていたりする。そこに子供とかを考えると更に赤字が増す。
「必死になって頑張っても採用する側は足元を見るし、最近東大生とかがテレビに出てて勉強は出来ても一般常識が無いとか浮き彫りになってきてるせいで採用する側が求める物が年々増してきてて……なんか、もう疲れたんです。これから先、老人ホームに居るジジイ、ババア並の長生きを送れる自信どころか将来に希望が持てなくて……」
聞くだけで段々と沈んでいく事ばかりを語る大学生。
生まれた土地や家柄、更には周りの環境が良くなければ職種ややりたいことの選択肢は増えることも見えることもなく、ひたすらに頑張ってもその頑張りの成果と報酬が均等に釣り合う事は無い。
「上京しようとは考えなかったのか?」
「そんな金、何処にあるって言うんですか?」
上京すれば地方よりも遥かに仕事がある。
いや、上京だけじゃない。名古屋や神戸等の日本の主要都市ならばマイナーで田舎な地方よりも遥かに仕事がある。だが、その代わり単純な物価が高い。都市じゃない地方の格安の部屋も主要都市や都心では何倍もする。
バイトの最低賃金が一見、高く見えたとしてもその分かかる基本的なお金が何処にあると言う?
「貰えるお金と使うお金が釣り合いません……だから、自分は免許は持っても車は持ってない系なんですよ」
その典型的な一例を語る。
悲しいことかな。世間は車に興味が無いんじゃない。いや、確かに車への興味は薄れていっているがシンプルに車に使う金が無い。
「最初に数十万出しても家には駐車場無いんでレンタル駐車場借りませんといけませんし車検とかの車の維持とか含めて毎年最低でも15万以上掛かるってやってられませんよ」
金、やはり世の中は金である。
大学生の亡者のその言葉に閻魔も仏も補佐官も否定は出来なかった。金と言う物が無ければ世の中は回せない。金と言う概念が無ければ、世の中は今よりも災厄で最悪に満ちていたのかもしれないから。
「……やりたいことは無かったのか?」
色々と聞いてみて、最後に1つ聞いてみた。
世の中に絶望して死んだのは分かった。だが、まだなにか未練があったかどうかを気になった。
「ありませんよ、やりたいことなんて」
帰って来た言葉は絶望でしかなかった。
「やりたいことが無いって、そんな事は無いだろう」
「いや、本当にやりたいことが無いんですって。これから先、ってか、就職先が運転免許持ってる人を募集してばっかだから仕方なく免許取ったりした感じですし。どうせ車じゃないと行けない場所に行かせる為に取ってこいって意味ですけど」
「もっと夢らしい夢はないのか!?」
「なに言ってるんですか?今の世の中、やりたいことを本当にやっている人なんてほんの少数なんですよ?夢なんてみても、後に残るのは借金だけです」
「違う、そうでない!夢は持ってないのか聞いているんだ!将来の夢ややりたい仕事は」
「そんなものはありません……いや、違うな。そういう奴だったら自殺なんてしてませんよ。取りあえず就職しないといけないという周りからの視線や世間からの圧力を感じて就職してまし。皆、仕事にやりがいを感じるなんて言いますけど、そんなのは後からついてきて最初は全然です。特に自分みたいなのは」
「っ……っ……」
「閻魔大王」
「もうよい。下がれ……下がってくれ」
この亡者に対して、閻魔大王はなにかを言おうにも言葉が見つからなかった。
夢を見ていないんじゃない、見ようとしていない。夢を持っていないんじゃない夢を持とうとしていない。
この亡者が悪いのか?たまたまそういう人間と出会ってしまったのか?否、そうじゃない。そういう人間が年々と増えていっている。
「夢はただの夢でしかないのか、冷めて現実に切り替わるのかっ!!」
「そうだね、仏的にはその上で真実や真理を見て欲しいって気持ちはあるけどね……うーん、どうする、どうする?閻魔ちゃん?一劉ちゃんの事は置いといてもこのままだとまずいんじゃ、まずいんじゃないかと仏は思うよ、うん」
「ああいうのがコレからの時代、当たり前になっていくんですか……仏、なんか現世に関与してこい」
「いやいや、無理だって!ギリシャとか聖書とかなんもしてないのに仏だけが勝手に現世に関与しちゃったらさ、そういう規約とかややこしいのが関わってくるから、仏、無理だって」
「使えねえな、このペユングフェイス」
「おい待て、お前、今、なんつった?誰がペユングフェイスだ!まだウフォサイズだ!!」
「どっちでも大して変わらないじゃないですか」
「変わりますぅー、ペユングとウフォだった大分変わります!ソースの味とかウフォの方が旨いけどボリュームとカロリーならペユングの圧勝ですぅー!」
「ウザいなこの仏」
「んだと、絡んできたのテメエじゃねえか!!ちょっと、閻魔ちゃん、こいつの給料減らしてやってよ!!」
なんてバカな会話をしている仏と補佐官。
横で閻魔大王は現世に対して深い絶望をする。
「少し、黙っていろ」
「あ、うん、ごめん。マジごめん……」
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