第44話 桂の思い


「ふふっ、大樹が、デートでここを選ぶなんて珍しいね」


桂と一緒に近くの都立公園の入り口で、信号が青になるのを二人で待っている。


「うん、偶には、近所も良いかなって思って」


信号が青になると、正面入り口から公園に入った。


「近いけど中々来ないのよね。私が小さい時は、両親が、お弁当持って遊びに来たって聞いているけど」

「僕も同じ。あの頃は、ファミリーパークの入り口で、たこ焼きや、お好み焼きの屋台も出ていた。今みたいに整備されていなかったからね」


二人で両側に大きな木が何本も立つ道をゆっくりと歩いた。心が落ち着く。絵里奈といるといつもテンションが高い。


「ねえ、大樹がここに誘ったって事は、何か大事な話があるからでしょ」

「・・・」


「いいよ。良い話でも悪い話でも」

「いや、良いとか悪いとかじゃなくて、桂と話をしたかったんだ」

「毎週出来ているよ」

「・・・」


「白状しなさい。大樹」

「ワハリマヒタ。タカラハニャヒテ」

「ふふふっ。大樹は素直な子ですね。良い子良い子」


僕の頬を抓っていた手で、頭をなぜて来た。

「もう、痛いじゃないか」

痛くもない頬を撫でると


「じゃあ、そろそろ話して」

「あそこのベンチ座ろうか」


美術館の横にあるベンチに二人で座った。


「桂、もし僕と結婚したら、今の仕事や、お母さんの事どうするの」

「えっ、」


いきなり結婚という言葉に戸惑った。大樹を愛している。いずれはプロポーズしてくれるかもしれないと思っていた。でも、綺麗な幼馴染がいる。彼女は大樹の事を愛している。はっきり分かる。

何故いきなり言って来たんだろう。


驚いて、大樹の顔をじっと見た。


「いきなりでごめん。結婚って軽々しく言うものではないとは、分かっている。でも、僕の心をはっきりしたいんだ」


・・・・・。時間が流れた。




「お父さんは、三年前、もう四年か、前に亡くなった。大学はそれで諦めた。今も家の家計を助ける為、お店の手伝いをしている。この前、我が家に来て貰った時、お母さんは、自分や、お店の事を気にしなくていいと言ったけど、私が居なくなったら、お店は、お母さん一人では無理。色々な事を考えると」


「・・・・」


「だから、もし、もしも、私が大樹と結婚出来たとしても、私は、お店の手伝いをしたい。お母さんの老後の面倒も見たい」


「・・・」


「こんな私じゃ重いかな」

寂しそうな顔をして俯いてしまった。


「桂、ありがとう。話してくれて。・・それに全然重くないよ。桂の気持ち、良く分かるよ。それが普通だよ」


・・・。



「桂、もし、僕が桂を選ばなかったら、どうする」


「・・・。悲しい。悲しいけど諦める。大樹がそれで幸せになるなら。でも、でも私を選んで欲しい。大樹、愛している。良い奥さんになるから」


下を向いていた顔を上げると、しっとりと目から涙が出ていた。そして僕の首に手を回すと、肩に顔を付けて、静かに泣いていた。


僕は、桂の背中に手を回して、抱きしめた。優しく。周りの人が見ているけど、構うものか。


今日は、夕食は、取らずに、家に送った。


家までの帰り道、このまま帰っても、上手く心の整理が出来ない。駅の側にあるスパゲティ屋に寄って行くことにした。

 ビールを飲みながら、外を見ていると


「えっ」

「あっ」


桂がお母さんと一緒にお店の中に入って来た。


「あら、広瀬さん。お久しぶりです。あっ、桂、私、用事思い出したから、家に戻るわ。家でご飯食べるから、二人でゆっくりね。帰り遅くても良いわよ」


「えっ、いや。もし宜しかったら、ご一緒に如何ですか」

「そうよ。お母さん」

「でも、本当に忘れ物思い出したの。じゃあね」

「「えーっ」」


「はあ、ごめんなさい。大樹」

「いや、こちらこそだよ。桂と別れた後、頭の中が整理出来なくて。

このまま家に帰ってもと思い、ここに寄ったところ。まだ、十分位しか経っていない。

そしたら、桂がお母さんと入って来るんだもの。驚いたよ。でもお母さんに悪いことしちゃったね」

「いいわ。お母さんが気を利かしたのは、見え見えだし。せっかくだから、このまま食べましょう」


「了解。桂何か飲む」

「じゃあ、大樹と同じもの」

「えっ、ビールだめじゃ・・」

「良いの。今日は」


「苦―い」

「あはは、そりゃ、初めてだもの。苦いよ。白ワインに変えたら」

「いい、このまま飲む」


やがて注文が届くと、昼間の事を忘れた様に、楽しい話をした。


いつの間にか、七時半になっていた。

「桂。送るよ」

「うん」

僕の顔を見て、笑顔でそう言うと、指を絡ませて手を繋いだ。


家の側に来る。桂の背中に手を回すと僕の顔をじっと見た後、目を閉じた。ゆっくりと唇を近づけた。とても柔らかい。最初はフレンチで少しずつ、強く吸うようにすると、桂も同じように吸い付いて来た。少しの間そうしていると、ゆっくりと唇を離した。


僕の腰に手を回したまま、胸に顔を付けながら

「大樹、昼間言った事は、私の本当の気持ち。大樹の幸せを選んで。私はそれに従う」


もう一度強く、抱きしめて来る。もう一度唇を合わせた。

「うん、ありがとう」


家の玄関を開けて中に入る時、僕の方を振返って、微笑むと中に入った。何故か、その顔が悲しそうに見えた。


家に戻るまでの間に、僕の心の中は、決まっていた。



「ただいま」

「お帰りなさい。お兄ちゃん」

廊下をパタパタとスリッパの音をたてながら、速足で来た。


「お風呂、湧いているよ。ご飯食べて来たんでしょ」

「うん、入るよ」


そのまま、リビングを通過しようとすると、父親が、話しかけて来た。

「大樹、帰って来たか。今日、風呂上りに少し話せるか」

「無理です。明日にして下さい」

「分かった。明日にしよう」


こんな気持ちの中で、何を話すのか知らないが、今日は、本当に無理だった。


お兄ちゃんがお風呂に入っている。多分今日は、花屋の店員さんと会っていたのだろう。

まだ、悩んでいるのか。今だったら、受け入れられるかも。


僕は、風呂に入ると、何も考えられずにそのままベッドで、眠ってしまった。


―――――


大樹の気持ちは、桂へ傾いているのかも。

それとも・・。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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