第41話 大樹と桂の家
僕は、桂と約束した時間に駅の改札で待っていた。いきなり家に一人で訪問は、重かった。桂と一緒に行けば、少しは精神的に楽かなと思った。
「大樹」
改札のいつもの場所で待っていると桂が、軽く手を振りながら、小走りに寄って来た。
「待った」
「うん、でも五分位」
「今日は、ありがとう。お母さんの我儘聞いてくれて」
「我儘なんて。そんな事無いよ。桂と会えるし」
顔を少し赤くしながら
「もう。でも嬉しい。行こう」
「うん」
普通に手を繋いだ。指と指を絡ませる、恋人つなぎだ。最初はドキッとしたが、今は慣れた。
家に着くと、玄関のドアを開け、
「お母さん、広瀬さん来たよ」
始めはこう言わないと。
キッチンが玄関のすぐそばに有った様で、すぐに顔を出した。
「広瀬さん。初めまして。桂の母です」
「初めまして柳瀬さん。広瀬大樹と言います」
「広瀬さん、上がって」
「広瀬さん。上がって下さい。桂、リビングにお通しして」
「はい」
桂と一緒にリビングに入った後、桂はすぐに出ていき、暖かいお茶のセットを持ってきた。
「ごめんね。夕飯、もうすぐ出来るから、それまで、これで」
「ありがとう」
「お母さん、気合入っている。楽しみにしていて」
「ちょっと、緊張して来た」
「えっ」
「何聞かれるのかなとか思うと」
「大丈夫だよ。お母さん、私が一人娘だから、どんな人とお付き合いしているんだろうという感じで、会いたいって言って来ただけだから」
それ、十分緊張する。
「桂、準備出来たわよ」
「はーい。行こう」
ダイニングに行くと、四人掛けテーブルに茶系の落ち着いたテーブルクロスが敷いてあり、その上に人数分の食事用マットが敷かれ、取り皿とグラスが置いてあった。
テーブルの真ん中には、魚の盛合せお刺身、八宝菜、豚肉と白菜の重ね煮、スペアリブ、箸置き二点が置かれていた。ビールと白ワインも準備されている。
「お母さん、凄い。気合入れたわね」
「ふふ、桂の大切な人と聞いているから、粗相無い様に揃えたの」
「お刺身もお母さん切ったの」
「ええ、柵で買ってきてね。スーパーの出来合だと、ちょっとね」
ビールは、缶の五百が置いてある。
「桂、ビール注いであげて。私も今日は少し、頂こうかしら」
そう言って、自分の側に有った、三百五十の缶を開けた。桂は白ワイン。
「では、始めまして。広瀬さん」
「初めまして。柳瀬さん」
「「「乾杯」」」
手料理はどれも美味しくて、多すぎる量だと思っていたが、三人で、しっかりと食べた。会話は、日頃の仕事の話や、家族の事など、他愛無い話に終始した。
食事が終わると、
「桂、広瀬さんとリビングに行って。私は、ここを片付けてから行くわ。残った白ワイン、二人で飲んでなさい」
桂が僕の顔を見た。頷くと
「お母さん、ありがとう。そうするね。大樹、行こう」
「あら、名前呼びなのね」
「あっ、」
食事中までは、気を付けていたが、アルコールが入って、気が緩んでいた。
「良いのよ。広瀬さんも桂の事、名前呼びでしょ」
ふふっと笑いながら食器を片付け始めた。
ちょっと二人で顔を赤くしながら目を合わせると白ワインとグラス二つを持って、リビングに行った。
二人で話していると
「お待たせしました。あら、白ワインが空ね。もう一本飲みます」
「いや、これ以上飲むと酔いが」
「あら、お酒は酔うから楽しいのよ」
強者だ、気を付けないと。
「じゃあ、ビールね。桂持って来て」
桂は、三百五十の缶二つと、自分様にジュースを持ってきた。
グラスに注がれると
「広瀬さん、桂のどこが良かったの」
「控えめで、優しくて、明るくて、そして僕が、桂さんの側にいると、とても落ち着くんです」
桂が、顔を赤くしている。
「まあ、桂、良かったわね。優しくて、明るいのは、正しいけど、控えめだったかしら」
「もう、お母さんに控えめでもしょうがないでしょ。大樹だから。私も大樹の側にいるととても落ち着くの。ずっとそばに居たいって思うの」
「そう、広瀬さん。娘は、こう言っています。末永く宜しくお願いします」
「えっ、はい」
「桂、良かったわね。未来の旦那様が、見つかって」
顔を耳まで赤くして下を向いてしまった。
「広瀬さん。もし、桂と一生連添う気持ちが、御有りなら、ここのお店の事や、私の事は気にしないで下さい。母親として、娘の幸せを第一に考えます。桂が居なくてもアルバイトを雇えばいいだけです」
「・・・」
あまりの話の速さに酔った頭で突いていけなかった。いや、冷静な判断が出来なかった。
「お母さん、話飛躍しすぎ。大樹が私にプロポーズしてくれたら、私は嬉しいわ。でも、大樹の人生は、大樹が決めるもの。私は大樹に強制したくない」
「桂・・」
桂は、僕に絵里奈がいる事を知っている。それだからこそ、僕自身に、自分を僕の意思で選んで欲しいと言っている。桂のたまらなく好きな所だった。決して、自己を押し通さない。
「桂のお母さん。桂さんを妻として迎える為には、もう少し時間を下さい。まだ、心の中で決められない事が、あります」
僕の顔をじっと見ている。目を離さずに、とても酔っている人の目ではない。
少し、時間が経ったような気がした。
「広瀬さんは、正直ね。桂が好きになる訳ね。分かりました。それでも、母親として桂を大切にしてください。としか申し上げようがありません。宜しくお願いします」
頭を下げられた。僕も頭を下げるしかなかった。
「ねえ、ねえ。二人共、頭下げても」
「そうだわね。もう二十一時だわ。桂送ってあげて」
「はい」
「いえ、桂さんに送って貰うと、僕が、また送って貰わないといけないので、今日は、ここで失礼します」
寂しそうな顔をする桂に
「桂、広瀬さんのおっしゃる通りよ。今日ぐらい我慢しなさい。でも玄関の外までは送ってあげたら」
そう言ってウィンクするとリビングを出て行った。
「参ったなあ、完全の桂のお母さんの完勝だよ。僕は完敗」
「えっ、どういう意味」
「こういう意味さ」
そう言って、僕は桂の唇を塞いだ。
「じゃあ、桂、また来週」
「うん」
彼の後姿を見ながら、毎週会えるようになった事や今日の食事会の事を考えると、自分の思いが成し遂げられる気がした。
―――――
桂さん一歩リードですかね。
都合で次の投稿は、7月6日12時になります。済みません。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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