第36話 なんで
夏休みは、一回会えたけど・・。
その後は、全然会えていない。八月も、もう終わり。大樹君に会いたいなー。
「緑川さん、昼食行かない」
「うん、行こう」
今日は、午前中社内で営業用のプレゼンテーション資料の作成の手伝いをしている。
午後四時にお客様にアポを取っている。
「緑川さん、最近、一段と綺麗になったわね。何か良い事あったの」
「えっ、何もないですよ。残業多いし、お客様や、協力会社との食事会も多いし、肌荒れ対策に必死よ」
「そうかな。何か輝いている。営業に来た時は、なんでー、なんて顔していたけど、今は全然違うよ」
同僚の話を聞きながら、昼食を取っている。もっと大樹君に会っていれば、全然違うんだけど。
「今何か、考えていたよね。彼氏の事」
「いやいや」
「緑川さん、開発の広瀬君と噂あるよ。結構みんな知っている」
「えっ、みんな知っている。どういう意味」
「広瀬君と緑川さんが、地下鉄で一緒に帰る所とか、渋谷で有っている所とか、見たって人がいてね。私も又聞きだけど」
「・・・・」
大樹君、この噂知っているのかな。知ったら、良い気持ちしないだろうな。彼こういうの好きじゃないし。後で連絡して見よ。
みんなと別れて、おトイレに入った時だった。
「うっ、うー」
お腹の中から込み上げて来る気持ち悪さに、さっき食べたお昼御飯が全部出てしまった。
気持ち悪い。何よこれ。変な物食べた? 全部出しても気持ちの悪さが、抜けない。
とりあえず、席に戻ろう。
口の中をうがいして、リップを軽く付けて、席に戻った。
「緑川さん、大丈夫。顔色悪いよ」
「すみません。川田さん。お昼食べたものが良くなかったみたいで」
「えっ、そうなの。気を付けてね。今日の訪問大丈夫。出るのは十五時だけど」
「大丈夫です」
その後は、なんともなかった。客先にも行けた。川田さんからは直帰で良いと言われたので、そのまま家に戻ろうとして、改札までの通路を歩いていると、帰宅時間なのだろう、色々な匂いが漂ってくる。
「うっ」
手で口を押えた。急いで近くのトイレに駆け込んだ。
どうしたんだろう。あの後何も口に入れてないし。・・・まさか。
地下通路にある、ドラッグストアで妊娠確認キットを買うと急いでトイレに戻った。
仕様通りに使ってみる。
+。・・そんな。いつ。まさか、川岸君の時、えっ、でもあの時、会社の近くのドラッグアストアで薬買って飲んだのに。
まずい、まずいまずい。絶対にまずい。どうしよう。とりあえず家に帰って考えよう。
大樹君とは、しっかりと避妊している。でも、ミスってあるよね。医者に行って日にち確認しよう。いやいや、絶対不味いか。
「恵子、ご飯よ」
「はーい」
今日は、早く帰って来たので、家で夕食をお母さんと一緒に食べることにした。
一階に降りて、ダイニングに入った時だった。
「うっ」
口を手で押さえながらキッチンに行ってシンクに顔を向けた。
凄く気持ち悪い。
「恵子大丈夫」
背中を擦ってくれている。
「大丈夫よ。お母さん。お昼悪い物食べたみたいで、それからこんな調子。ちょっと休んでからご飯食べるね」
お母さんの心配そうな顔に申し訳ないと思いながら、リビングのソファに横になった。
ポケットに入れてあるスマホが震えた。見ると緑川さんから。廊下に出る。
『ごめん。急いで会いたい。今日会えないかな。ちょっと相談に乗って欲しい事がある。重要な事』
『重要な事って』
『会ってから話す』
『分かった。十九時でいい』
『渋谷のハチ公前交番で待っている』
『分かった』
なんだろう重要な事って。心当たり無いな。また、会いたい口実かな。
約束の場所に行くと、緑川さんが、少し元気なさそうな顔で待っていた。僕を見るとパッと明るくなる。
「急に呼び出してごめんね」
「うん、いいよ。どこへ行く」
「・・・。大樹君。今日は、食事はいい。喫茶店かどこかで」
珍しい。どうしたんだろう。
「そうか、じゃあ、駅の近くのコーヒーショップに入ろうか」
コクリと頷いた。
お店に入って、席を先に取って貰っている。アイスコーヒーを二つ、トレイで持っていくと
「大樹君。静かに聞いてね。・・私、妊娠したみたい」
「・・・・」
静かにと言われたが、声も出なかった。その時は、まだ、恵子が、僕しか知らないと思っていたから。
「で、でもどうして。あの時は、しっかりしているよね」
「でも、失敗ってあるでしょ」
「・・・・」
「・・・・」
「病院へは、行ったの」
首を横に振るだけ。
病院に行ったら、妊娠した日が分かってしまう。川岸君と会った、前後一週間は、大樹と会っていない。
「まだ、三ヶ月。今なら・・。大樹君。お願い。一緒に病院に行って」
「・・・・」
「今は、両親にも知られたくない。もし知ったら、大樹君にも迷惑が掛かるから」
頭の中が、真っ白だった。僕の子供が、恵子のお腹の中にいる。・・・。責任感しか残っていなかった。
「いつがいいの」
「今度の土曜日。青山にある病院を予約している。十一時に予約している」
「分かった」
当日は、父親の欄に名前を書かされた。堕胎する時の手続きらしい。
恵子が処置をしている間に僕は会計をした。
僕は、知らなかったが、堕胎する為に、色々調べているみたいで、領収書と一緒に色々な資料が渡された。その中の一枚の資料を見て、
えっ、妊娠日。この日って。僕、恵子と会っていない。どういう事。
また、頭の中が、整理出来なくなった。どういう事。恵子。
処置をした医者が処置室から出て来た。
「処置は、上手くいきました。今後、またご懐妊するにも問題ありません。今、奥様は、休んでいます。三十分位経ったら、お戻りになって結構です」
頭を下げて、そのまま、行こうとしている医師に
「あの、聞きたいことが有るんですが」
「なんですか」
「この妊娠日、間違いないですか」
「間違いないです。間違いようの無い日付です」
お前がしたんだろうという、怪訝な顔をしながら、そのまま行ってしまった。
歩きづらそうにしている、恵子の為に、シティホテルの一室を取った。
ベッドの上で、恵子が眠っている。
大変な事なんだろうな。堕胎するって。体への負担も大きいだろうし。目を覚ましたら聞こう。
「恵子、本当の事教えて」
何をという顔をしている。
「病院から、こんな資料渡された」
意味が分かったのか、僕とは反対の方を向いて、涙が出ていた。
「ごめんなさい。嘘をついて。事故だった。あれは。でも、心から、抱かれたいと思ったのは、大樹だけ。信じて」
「事故」
「GW明けに川岸君から声を掛けられて、偶にはいいかと思って、一緒に食事をしたの。その帰り、急に体調が悪くなって・・。
川岸君に休ませてとお願いした。後は、記憶が無くて。朝起きたら、ホテルの一室で全裸になっていた。彼、私が気を失っている間に、避妊もせずに・・・・。
ごめんなさい。避妊薬飲んだんだけど。効かなかったみたいで・・。」
「なんで、川岸に言わなかったの」
「大樹に嫌われたくなかった。このお腹の子は、大樹の子として、堕胎したかった。私の心の中は、大樹だけなの。許して」
「・・・」
涙を流しながら話す恵子に、僕は感情が湧いてこなかった。怒りという感情が。
「もう嫌われちゃったよね。もうデートしてくれないよね。もう抱いてくれないよね。
・・・もしもも無いよね」
僕と反対の方向に体を向けながら、彼女は泣きながら話していた。
二時間後、僕は、恵子をタクシーに乗せて帰すと、僕は、近くの駅まで歩いて行った。
二か月後、緑川さんは、退職をしたらしい。会社のホームページの人事欄に載っていた。
―――――
緑川さん。なにか、寂しいね。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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