第32話 夏休み(2)


大樹君。花屋の店員、柳瀬桂さんと浜辺のデートです。


―――――


「ここでも良かったですか」

「はい」


大樹は、前回江の島方面に桂を連れて行ったが、今回も同じでは芸がないと思った。それに今は、学生も含め、世の中夏休み真っ只中である。いくら週中とはいえ、行き帰りの渋滞は極力避けたかった。


いま、桂と二人で波打ち際を歩いている。桂は、サンダルを手に持って素足で歩いていた。


「長い砂浜ですね。どの位あるんですか」

「ネットの受売りですが、六十六キロあるらしいです」

「長いですね」


桂が、水平線の方に視線を向けると、片手に一足ずつサンダルを持った手を大きく開いて背伸びした。

「気持ちいいですね。潮風が柔らかいです」


桂の横顔が、くっきりとおでこから鼻、唇、顎のラインを出していた。

素敵だ。心の中でつぶやいた。


「どうしたんですか。私の顔をそんなに見て」

「いえ、・・・素敵だなと思って。見てしまいました」

「ふふっ、大樹、上手ですね。何もでなくはないですが、この位ですよ」


と言って、僕との距離をいきなり詰めて、唇にフレンチキスをした。

頬がほんのり赤い。


ちょっと頭を掻いてしまった。桂と体を合わせたのは、一度きりだが、キスは何回かしている。浜辺の解放感が彼女をそうさせたのかなと思うと


今度は僕の方から口付けをした。柔らかい。背中に手を回して軽く引き寄せる。

ほんの少しだったが、


「あの、あの、他の人が見ています」

下を向きながら、顔を赤くしてしまった。


それからも、のんびりと歩いた。偶に波が足を洗う。気持ちの良い冷たさだ。

彼女と一緒に居ると本当に心が柔らぐ。少しでも長く居れれば、そう思ってしまう。


「桂」

「なあに」

「・・・」

「どうしたの。大樹」


「・・。いや、・・・。桂と少しでも長く一緒に居る時間を過ごせたらと思って」

「・・。私もです」


両方のサンダルを片手に持ち替えて、そっと手を繋いできた。

「ふふっ。ずっと一緒に居られると良いですね」


朝、早めに出てきたおかげで、海岸をゆっくりと二時間位歩くことが出来た。

「桂、そろそろお腹空かない」

まだ、十一時半を少し回ったところだ。

「はい、私もそろそろと思っていました」


浜辺の近く、道路沿いに、いわゆる海の家というのがある。そこに入ることにした。


「大樹。ちょっと高めだね」

「まあ、季節性料金というやつだよ。大丈夫。今日は桂の為に懐を温かくしてきたらか」

「じゃあ、あの浜焼きと書いてあるセット頼んでいい」

「いいよ。僕はお刺身のセットにするよ」



「お客さん、それ焼きすぎ。ちょっと待ってね」

煙が上がってしまっている網の上から、サザエをトングでサッと取り出すと、

「ここの蓋の所の隙間に、このスティックを指して、くるりと回すように取ってみて下さい」

「ありがとうございます」

「美味しく食べてあげてね」

そう言って店員がテーブルから離れて行った。

「優しい店員さんね」

「そうだね。ここに入って正解だった」


じっとサザエを見ている。

「どうしたの」

「私ではやっぱり無理そう。大樹やって」

「了解」


金属製のスティックを言われた通りに蓋の隙間から入れてくるりと回すと、身の部分と茶色い分、白い部分が一緒に取れて来た。蓋がポロリと取れる。

「はい」

「ありがとう」


箸で、ふー、ふーしながら少し口でちぎると

「美味しい。大樹も食べてみる」


同じところに嚙みつくわけにはいかないと思い、別の所を食べようとすると

「大樹、私の食べた所から食べて」

「えっ」

「いいでしょ」

「はい」


桂の食べた所を、僕も口でちぎって食べた。

「美味しい」

目が丸くなるのが分かる。

「ねーっ」


結構ボリュームがあった。一時間位で食べ終わると清算をした。お昼としては確かにちょっと高かったけど。


腹ごなしに、また浜辺を三十分位歩いてから車に戻った。

「ここに来る時、看板があったけど、ハーブガーデンというのが有るらしいよ。寄って行かない」

「いいですよ」

まだ、僕も若いがまだ、二十一の桂には、浜辺を歩いた位では、疲れもない様だ。


結構駐車場も混んでいたが、簡単には入れた。

ラベンダー、カモミール、レモングラスなど色々な可愛い花が咲いていた。

桂が目を輝かせている。

「素敵、これだけのものを、維持するの、結構大変なんだよ。凄いな」


桂の嬉しい顔に来てよかったと思った。


もう三時を過ぎている。渋滞に合わずにゆっくり変える時間の限界だ。

「桂、そろそろ」

「うん。分かっている」


帰りは、縦貫道を通り、アクアラインに抜けた。ちょっと混んでいたが、午後六時前には、レンタカーを返せた。


「桂、もう少し、一緒に居れないか」

「いいですよ。今日一日は大樹との時間だから」

「じゃあ、渋谷に食事に行こう」

「はい」


「昼は、魚介類だったから、夜は、お肉にしようか」

「そうですね。お野菜多めで」

「桂でも気にするの」

「女性はみんな気にしています」


「じゃあ、センター街の角っこのお店に行こうか」


僕は、ビールと赤ワイン、桂はジュースだ。

「桂、お酒は、苦手」

「あんまり」

「ちょっとワイン飲んでみる」

じっと僕の顔を見ると

「いいですよ」

後で、責任取れと言う顔している。


八時半頃お店を出た。

「ちょっと、歩こうか」

「はい」

僕の顔をしっかり見て言って来た。


手を繋いで、のんびり歩く。

「大樹、私から言うの、いやだから」

下を向いていた。


「分かった・・。行こうか」

「うん」


今日は、一日大樹と一緒に居れた。最後まで。嬉しい。この時間がずっと続いてくれればいいのに。

 体が高揚感で満たされて来るのが、分かった。


―――――


大樹君。今日は桂さんと素敵な夏休みだったようで、良かったですね。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。


宜しくお願いします。

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