第21話 同僚は考える
緑川さん(大樹の同僚)の登場です。
―――――
ピンポン。
机の上に置いてあるスマホが知らせる。
誰だろう、仕事時間中に。
『広瀬君。今日空いている』
緑川さんだ。
この前、隣に座る先輩から、緑川さんは、悪い噂があると聞いている。結局、先輩もその話は、頭から消えたのか、話してくれることは無かった。
僕から聞くことは、気が引けたので、大した噂ではないのだろうと思っていた。
今日は、早く帰りたい。麗香と夕食を一緒にする約束がある。
『今日は、空いていない』
そっけなく返すと
『じゃあ、明日は。お話ししたい』
引っ張っても仕方ないと思い
『いいよ』
『嬉しい。会社では、目立つから、渋谷のハチ公前交番でいい。十九時に』
『了解』
喜んでいるウサギのスタンプが帰って来た。
「麗香、明日の夜、同僚と食事をしてくる。遅くなるかもしれない」
「分かった」
少し、寂しそうな顔をして言うと
「お兄ちゃん、今度の土曜日は一緒にご飯食べて」
最近、土日の夕飯は外食が多いこともあったので、
「いいよ。土曜日は、一日、麗香と一緒にいるよ」
「ほんと。でも塾は一緒じゃないよ~」
明るい顔をしながら冗談を言う妹に
「そうか、それは残念だ。リビングの掃除をしておくよ」
「お願いね」
嬉しいな。土曜日は、あの作戦を実行しよう。ふふっ。
「麗香、どうした。顔が何か怪しげな事を考えているように見えるんだけど」
「気のせい。気のせい」
顔に出ていたのかな。気を付けないと。
銀座線から階段を下りてくると緑川さんが、交番の前で待って居た。普通に立っていれば、かなり目立つ女性だ。彼女の前を通る男性が、チラチラ見ているのが分かる。
場所が場所なので、声を掛ける輩はいないが。
僕の顔を見つけると、パッと笑顔になって、近づいて来た。
「ごめん、待った」
「ううん、でも少しね」
十五分の遅刻。会社で席を立とうとして先輩から声を掛けられた。
「おまえ、今日緑川と会うのか」
正直に答えると
「この前言った件だが、ちょっとリラックスルームに行こう」
「ここなら、大丈夫だろう」
「緑川さん、他の部署の社員にも声を掛けているらしい。お前が何人目か知らないが。他人の恋愛事情に口を出すつもりはないが、俺の耳まで届いてくるという事は、そこの部署のマネージャも知っているという事だ。俺が伝えたいことは、これだけだ。後は、広瀬が判断しろ。だが、彼女に深入りしない方がよさそうだと忠告しておく。大事な後輩だからな」
「分かりました」
この事が、ちょっと頭をよぎったが、彼女の笑顔からは、何も分からない。
「今日は、何処に行く」
「緑川さんの好きなところで良いよ」
「じゃあ、和食がいいな」
難しいな。どこか有ったかな。あそこに行ってみるか。
「少し歩くけどいい」
「うん、いいよ」
宇田川町にある和風居酒屋に来ていた。
「素敵なところね」
「そう言ってくれると嬉しいよ。個室もあるけどこの時間では、一杯らしい」
「えっ、個室」
ポッと顔を赤らめると
「違うよ。区切りの戸があるだけ」
「そうなの」
そう言っている間に注文した品が届いた。
ビールグラスを片手に
「「お疲れ様」」
やっぱり、仕事帰りの一杯はうまいな。
「広瀬君。久しぶりだよね。こうして一緒に食事するの」
「そうだっけ」
「もう一ヶ月位会っていなかったよ。とても寂しかった」
「一ヶ月か。そんなに経った」
「経ったよ。あの日から、二週間に一度位会ってくれていたのに、その後、忙しいって言って、会ってくれなかったから」
「いやだって、同じプロジェクトだから分かると思っていたんだけど」
「仕事は、仕事。もっと都合付けてくれてもいいのに」
寂しそうな顔をして言って来た。
「分かったよ。今度から気を付ける」
酔って来たのか、軽口を言ってしまった。
「本当。じゃあ、今日は・・。最後まで一緒ね」
「うん」
意味も考えずに簡単に返事をすると、なぜか彼女はパッと明るい顔になった。
「広瀬君。はい」
徳利を僕の方に差し出しながらテーブルを大きくかぶって来ている。緑川さんの胸の部分が、丸見えになっている。意図的だと分かっていても、酔いには勝てず、視線がそちらに行ってしまった。
「ふふっ、後でね」
そう言って、僕が手に持つお猪口に酒を注ぐと自分もお猪口を差し出して、
「広瀬君、私も」
「緑川さん、大丈夫」
「大丈夫、大丈夫」
ちょっと、そろそろかな。腕時計を見ると九時を回っていた。入って二時間か。
「そろそろ出ようか」
「うん」
手を繋いで歩いている。緑川さんは下を向いたままだ。酔ってはいたが、先輩の言葉が、頭の中に半数している。『深入りはするな』と。
「緑川さん、少し覚まさない。二人共酔い過ぎているし」
都合のいい方に捉えたのか
「そうね。少し覚ましてから」
手をしっかりと握って来た。
どうするか。確かにあの時、彼女は初めてだった。その後も、強引に誘われることも無かった。普通に考えれば、まともな女性に思える。先輩の言葉は、どういう事だろう。
「広瀬君、何を考えているの」
「・・・」
「私の噂の事でしょう。他部署の人と付き合っているって。あれは、誤解だわ」
「・・・」
「私が会社を出た時、誘われたの。断っても、次の日も誘ってくるから、仕方ない一度だけと思って、一緒に行ったら、あの人、私の体が目的なの見え見えだったわ。
私を酔わせて、体を触って来る。嫌ですって言って、その日は一人で帰った。
その後も、しつこく誘ってくるので、はっきり、断ったら、次の日から、あんな噂が、流れた」
彼女の言う事が本当か、先輩の話が本当か。
「私の体は、広瀬君以外知らない。貴方に無理をいう事もしない。だからずっと我慢してきた。あの日から。信じて」
僕の顔を見上げてじっと見ている。
「分かった」
もし、彼女が嘘をついているとしても、この状況で勝手に帰る事は僕には出来ない。
「広瀬君。連れてって」
嬉しい。彼の腕の中にいる。彼が私を愛してくれている。無理を言っちゃダメ。これでいいんだから。
この前とは違い、痛みはなかった。快感だけが、体を突き抜けた。
「広瀬君。ありがとう。・・ねえお願いがある。二人だけの時は、恵子と呼んで」
「・・・。難しいかな」
「だめ、言うの。ハイ練習」
僕の体の上で我儘を言っている。
「広瀬君。大樹と言っていい」
「いいよ」
「じゃあ、大樹。前にも話した私の家の事。気にしなくていいから。大樹とこうして入れれば。もう時間無いけど。私が、退社するまで、こうして付き合って。
私が、退社すれば変な噂も消えるし、大樹に迷惑をかけなくて済む」
「そんなに近いの」
「ううん。まだ、一年位大丈夫そう。だからその間だけは」
彼女が、僕の顔の上で話しかけてくる。
「いいよ」
「嬉しい」
そう言って、唇を付けて来た。
外に出ると、もう十一時を過ぎていた。
「送るよ」
「うん」
同じ田園都市線のライン上だ。自分が遅くなるが、終電には、間に合う。
先に連絡してあったので、父が、改札まで迎えに来ていた。階段を降りた所で、父の顔が分かった私は、
「広瀬君、ここでいい。これ以上行くと家族と会うことになる」
「分かった」
そう言って、そのまま階段を上ろうとした彼に
「今日は、ありがとう。嬉しかった。またね」
「うん」
彼がホームまで戻ったことを確認して、改札へ向かった。
「恵子、今のが、お前の選んだ男か」
「はい、お父様」
―――――
どういう事?緑川さん
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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